白十字前路上観察

 増田書店と白十字の間に設置された4つのベンチ。桜と銀杏の木陰、紫陽花、植え替え待ちの花壇。一見いかにも市民の憩いの場といった感じだ。そこを訪れる人々の人間模様を追った。

7:50
早足で駅へ急ぐサラリーマンやがやがやと登校する高校生で賑わい始めた通りとは対照的に、ベンチにはゆったりとした時間が流れる。日課の散歩を終え、一息 つきに来たというご老人は、ぱらぱらと新聞をめくりながら煙草をふかす。その向かいではスクールバスを待つ母子が荷物の確認をしている。

9:20
長い間通りを眺めていた男性に話しかけた。天気が悪くなければ公民館やこのベンチで一日の大半を過ごすそうだ。「騙された街、国立」と題した長時間の〝講義〟には正直辟易したが、「商科大の頃の学生は一目でそれと分かるオーラがあった。最近の一橋生は格が落ちたよ。みんな八つ橋みたいな顔しやがって」と吐 き捨てたのには笑ってしまった。

10:35
病院帰りの旦那さんを待つご婦人。電話をかけ、そそくさと立ち去っていく大きな紙袋を抱えた女性。お昼前になるとベンチも少し騒がしいが、ベンチ同士が離れているので気に障る程煩わしくはない。アメリカへの旅行をきっかけに最近英語の勉強を始めた という男性が、ここが明るくて勉強に良い場所なのだ、と木漏れ日の落ちたテキストを指さして言っていた。
12:40
隣に座った人に話しかけられることもある。ある女性は、多彩な転職歴から結婚生活まで自身の半生を聞かせてくれた。「年を取ると物事が分かりすぎて、立ち止まって考え込んでし まうの。結婚なんて若くて無知なうちに無鉄砲に決めてしまった方がいいのよ」と笑う。とはいえ今はカメラ片手にあちこち出かけることに夢中で、いつか個展 を開きたいそうだ。「若い頃は70歳なんてとってもおばあさんだと思っていたけど、人生ずっと『今が青春!』みたいな気分なの。」横並びに腰掛けている と、初対面でも不思議と話が弾む。

15:40
昼下がり、ベンチにやってきて「何か」をしている人は少ない。ぼんやり鳩やスマホを眺めて時間を潰す、どこか手持無沙汰そうな人ばかりだ。

21:06
ベンチを利用する人々は比較的高齢の方が多く、夕方以降は閑散としている。コーヒーを飲んで一息つく仕事帰りの若い女性がいた。仕事は順調だが、婚活がうまくいかないらしい。人の行き来を見ているとなんだかほっとするのだという。

0:55
マクドを食べながら談笑していた一橋生4人もどうやら帰路につき、こっくりこっくり舟をこぐホームレスと記者の他に人はいない。

白十字前のベンチは時間と人を選ばず、開放されている。しかし一旦腰をおろせば、そこが周囲から隔離された空間であることが分かる。まるでマジックミラー越しにいるみたいに通りを往来する人々の視線は自分を素通りしていく。ベンチ同士の距離感も絶妙だから、心地よい他人の存在を感じつつも、周りを気にせず読書や飲食ができる。
他人の存在の重さを自在にコントロールできる開放感と隔離性のバランスが、「場所」を必要とする人々を柔軟に受け入れている。白十字前ベンチは憩いの場というより、避難所だ。