イチョウ散る10月某日、小岩信治教授(言語社会研究科)のお昼休みを訪ねた。普段は東食堂で昼食をとるという教授。トレーには、メンチカツやみそ汁。しかし何かが足りない。白米だ。「年なんで、白いご飯はあまり食べません。メインのおかずは302円のものをよく食べてます」
小岩教授の専門は音楽学・音楽文化研究だ。高校時代は、ピアニストになるため東京藝術大を目指していた。しかし実力不足故に受験を断念、部活の先輩の進路に刺激され、同大の楽理科に進学した。関心を持てるテーマを見つけたのは大学入学後だったという。「言葉を使って音楽活動に関わる仕事があることが分かった」。そのまま勉強を続け、気が付けば研究者の道を進んでいた。
教授の研究対象の中心はピアノだ。約3世紀前に誕生したピアノは、19世紀に重量や音量を急速に増やした。いわば手作り品から産業品へと、これほど劇的に変化した楽器は他に無いという。さらに同時代には、ベートーヴェンなど大作曲家と呼ばれる人々が、ピアノの進化を目の当たりにしていた。こうした当時のピアノをめぐる人々の思いに、特に関心があるそうだ。
社会科学の一橋で音楽の研究をしていることは、意外かもしれない。教授は「社会科学を人文学から切り離すのではなく、社会の中で音楽がどのような意味を持ち得るかを考えることに意義がある」と話す。
「音楽と社会」というテーマへの取り組みの一環として、教授は論文執筆以外の活動も行っている。例えば、音楽文化に貢献した人物をゼミ生が選び表彰する「四十雀賞」。年々受賞者が増えることで、演奏や作曲に留まらない、今日の音楽文化の多面性が明らかになるという。
また、芸術を支援する行政の役割に鑑みて、国政選挙のたびに投票啓発活動も行っている。背景には、住民票を移さないと基本的には投票できないというシステムなど、学生には煩雑な選挙制度があった。「文化を支える社会の仕組みを考えるときに、できることとして選挙がある」にも関わらず、学生が投票に行きにくい現状を、何とかしたかったそうだ。
近年、社会における文化の意味が問われる局面が増えている。「こうした状況は生きてきて初めてだ」と前置きし、一橋大生には「知らない立場を想像する力を、大学生のうちに学んでほしい」と話す。知らない文化を学ぶことは、他者の置かれた状況の理解につながる。その過程は、先行研究を読み取り自分の他者理解のイメージを膨らませる、つまり論文を書くことそのものだという。「こうした力はこの先生きていくために大事な技となって、就職後に生かされると思います」