商学部を抱える本学では、起業や家業を継承する学生をしばしば輩出してきた。酒造業界を見れば、クラフトビールで有名なコエドブルワリー、日本酒メーカーである月桂冠株式会社など身近な企業のトップに卒業生の姿が見られる。本連載では、酒造業界で経営者となった卒業生4人のキャリア遍歴を聞く。老舗の家業を継いだ卒業生、「新参者」として起業した卒業生などの様々な半生を通して、酒造業で若手経営者として働く魅力を探る。
本連載では酒業界で活躍する卒業生を追ってきた。最終回では卒業後、投資銀行勤務を経て日本酒業界へと飛び込んだ山本祐也さん(平20社)のキャリア遍歴を聞く。日本酒ベンチャー企業の代表取締役を務め、酒販店経営などを手掛ける。2020年には、酒粕などの未活用素材を利用した「エシカルジン」製造をスタートした。事業を行う上で大切にしているのは「疑問を持つことと、それがちゃんとビジネスとして成立すること」だ。若手起業家としての半生を聞いた。
日本酒初心者でも気軽に楽しむことのできる酒販店の経営、産業廃棄物となってしまう酒粕を利用したジン製造など、新規事業に次々と取り組む。その根底にあるのは、自身の問題意識とビジネスをつなげようという姿勢だ。
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石川県出身。酒蔵の息子が同級生など、伝統産業、中でも日本酒産業が身近にあった。出身地の産業とビジネスを結びつけて考えるようになったのは大学生の時だ。社会学部で社会思想や歴史を学ぶ傍ら、経営学を独学していた。最新研究に触れる中で、伝統産業が何百年も家族企業であることに疑問を持つ。「何年も続いている産業なのに、どうして規模が小さいんだろう」。それ以来、伝統産業のビジネス化・サステイナブルな成長がテーマとなった。
しかし卒業後は投資銀行で働く道に進んだ。きっかけは就職活動中に出会った、ある中小企業社長の言葉だ。伝統産業を営む社長は「お金をちゃんと持ってくることのできる人じゃないと、採用しないよ」と言ったという。即戦力を求める小さな会社が、新卒者を雇うことは少ない。社長の言葉をきっかけに、まずは投資銀行で資金調達のスキルを磨くことにした。
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2014年に日本酒のオリジナルブランド制作事業への参加をきっかけに独立。全国各地の酒蔵を集めた試飲イベント「KURA FES」の開催や、おしゃれな雰囲気が魅力の酒販店「未来日本酒店」の経営などを次々と始める。若者や女性など、これまでの日本酒愛好家とは異なった層に日本酒の魅力を伝えた。
業界に参入した当初は苦労もあった。特に悩んだのは「新参者が入り込む難しさ」だ。日本酒産業では、つきあいの長さがものをいう。何の取引もなかった店に、いきなり商品を卸してくれる酒蔵はない。そのため月に60~90時間を酒蔵とのコミュニケーションにあて、これまでに170回ほど出張訪問を行った。その結果、未来日本酒店吉祥寺店には、現在160種類以上の日本酒が並ぶ。
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2020年からは、日本酒を作るときに生まれる酒粕を再利用したエシカルスピリッツ事業も始めた。きっかけは酒蔵を回る中で、酒粕のほとんどが廃棄されている事実に気付いたことだ。日本酒は米と水を醸してつくられる。発酵させた米と水(もろみ)を絞った液体部分が日本酒、残った部分が酒粕となる。酒粕がもろみにしめる割合は全体の3分の1だ。「せっかく米と水だけで作り上げたものが、廃棄されている」。その驚きから、酒粕を蒸留してスピリッツを作るアイデアが生まれた。さらに最近では酒粕ジンを作る上で、香りづけに使うボタニカルも「お茶の枝」や「間引きされたすだち」など未活用素材にこだわる。酒粕ジンは2021年に世界的に権威のある品評会「World Gin Awards 2021」で「カントリーウィナー(日本最高賞)」を受賞。国内の三ツ星レストランでも提供された。「エシカル」を意識していない層からも、その味が高い評価を得ている証拠だ。
疑問や違和感の解決策をビジネスとして成立させることが、事業を貫く軸となってきた。「伝統産業の支援も、未活用素材の利用も、生活を捨ててまでやるような人間ばかりではない」と話す。だからこそ周囲を巻き込む際には、理想に偏重しすぎないビジネスモデルを探る。また中小企業の多い酒業界は、山本さんのような若手経営者の挑戦を受け入れる場でもあった。「クラフトマンシップがあり、裁量の大きな仕事に挑戦できる」という。今後はエシカルジンの魅力を海外という、より大きなステージで伝えるつもりだ。
山本祐也(やまもと・ゆうや)
MIRAI SAKE COMPANY株式会社CEO及びエシカル・スピリッツ株式会社CEO。
2008年社卒。学部時代はナベマサこと渡辺雅男名誉教授のゼミで、マルクスなどの社会思想を学ぶ。2018年にケンブリッジ大学大学院修了(MBA)。一橋大学卒業後、野村證券及びJPモルガン証券にて投資銀行業務に従事。またAKB48プロジェクト運営会社や、アイドルの衣装制作などを手掛ける株式会社オサレカンパニーに関わる。2014年より日本酒産業での取り組みを始める。酒米生産、独自の日本酒ブランド作り、日本酒専門店「未来日本酒店」経営など、生産から販売まで取り組む。
2020年には、産業廃棄物として捨てられている酒粕を蒸留してジンを作り、その収益で酒米生産農家を支援するエシカル・スピリッツ株式会社を創業。2021年2月からは、同社の再生型蒸留所(台東区蔵前)が正式に稼働した。