【新任教員インタビュー】飯尾真貴子専任講師(社会学研究科)

 今年(2021)度着任した飯尾真貴子講師(社会学研究科)に、専門の国際社会学や研究活動について話を聞いた。

——研究分野である国際社会学について教えてください
 現代社会において、グローバル化の進行とともに国境を横断する越境的な諸活動や社会的プロセスが拡大しています。国際社会学は、このような国境を越える様々な過程やその構造を対象に、社会学的な分析ツールを用いてその解明を目指す研究領域です。これまで自明視されてきた国民国家という分析単位を所与のものとせずに、具体的なフィールドに根ざした実証研究に重きを置くという特徴があります。

――先生はどのような具体的事象を研究してきたのですか
 アメリカ合衆国とメキシコをフィールドとする人の国際移動です。移民受け入れ地域のアメリカ都市部だけでなく、移民を送り出す地域であるメキシコの都市部とバスで10時間ほどかかる山奥の村落で、継続的に現地調査を行ってきました。博士論文では、このような多地点フィールドワークにもとづいて、アメリカにおける移民規制の厳格化が移民やその家族、コミュニティ全体に及ぼす影響について明らかにしました。

――国際社会学や移民問題を学ぶ意義は
 私たちが暮らす日本社会には、280万人を超える在留外国人がいるとされ、すでに社会の多文化化・多民族化が進んでいます。2018年には、出入国管理法が改正され、政府はさらに外国人労働者の受け入れを拡大していく方針を打ち出しました。最近では、収容に代わる措置や難民認定制度などをめぐる入管法改正が大きなニュースとなったように、今後の日本社会を考えていく上で、移民・難民の受け入れをめぐる議論を避けることはできません。また、「移民問題」というと、つい「日本人」と「外国人」という二分法で捉えてしまいがちですが、国際結婚の増加に伴って、「国際児」や「ハーフ(あるいはダブル)」と呼ばれる、日本と外国の両方にルーツを持つ人も増えています。近年では、単一人種観にもとづく「日本人像」が、こうした複数の多様なルーツを持つ人々にとって生き辛さを生み出す要因となっていることも指摘されています。国際社会学は、このような現代社会における差別や社会的不正義をはらむアクチュアルな問題に対して、人種・エスニシティ、ジェンダーや階層といった様々な観点から考えていく研究領域ともいえます。
 これまで、こうした日本の状況をあまり身近に感じていなかった学生もいるかもしれませんが、一橋大学には留学生が多くいますし、授業でたまたま隣に座った学生も実は多様なルーツを持っている人かもしれません。また、これから社会に出ていく中で、職場や生活のなかで異なる背景を持った人々の存在をより身近に感じる機会が増えていくのではないでしょうか。多民族・多文化化した社会に生きる私たちが、異なる背景を持った人々の暮らしや抱えている問題を想像し、これからの社会の姿を考えていく上で、国際社会学から得られる知識や発想法は大きなヒントになるのではと思います。
 また、私の専門であるアメリカやメキシコをフィールドとする研究は日本とは直接関係がないと思われるかもしれませんが、たとえば移民第2世代が社会にどのように統合されるのかといった普遍的なテーマを考える上で、アメリカの事象は、日本にとっても重要な示唆を与えると考えています。

――授業ではどのような内容を扱いますか
 社会学部2年生向けの「社会研究入門ゼミナール」では、日本における「移民政策」を扱っています。日本政府は、これまで多くの外国人労働者を受け入れてきたにもかかわらず、あくまでも移民政策をとらないという姿勢を現在に至るまで打ち出しています。このような日本の移民受入れをめぐる矛盾を理解するために、戦後の在日コリアンをはじめとする旧植民地出身者に対する歴史的な出入国管理政策をふまえた上で、80年代以降の移民受け入れについて批判的に検討しています。

――研究を行う上で大切にしていることは
 フィールドに飛び込む勇気と、協力してくれる方々に対する感謝です。社会調査は協力者なしには成り立ちません。調査で得られた情報は論文に用いられることで学術的意義を持ちますが、協力者にとって実際の生活における意義は感じづらいものです。研究者として調査を通じて得られた知見を論文にして世に出していくことはもちろんですが、どうやったら協力者に還元することができるのかという点は、私にとっての課題です。

――研究者を志す学生に伝えたいことは何ですか
 研究には、簡単に物事を諦めない頑固さと、変化や他人の意見を受け入れる柔軟性の両方が必要だと思います。また、調査や研究は常に順調に進むわけではありません。この問題を解明しなければならないという確固たる意志が自分の中にあることが大切ではないでしょうか。国際社会学の領域を問わず、社会に対する違和感を大事にして、そこから自分にしかできない本当に重要な問いを見つけて欲しいと思います。

――コロナ禍が研究に与えた影響は
 コロナの世界的な感染拡大によって、研究を進める上で非常に重要な現地調査ができなくなり、先行きは不透明です。また、今後調査ができるようになっても、特に国境を越える外部調査者に対して、現地の人の視線や感じ方は変わるのではないかと想像しています。ワクチンが行き渡らない地域では外部の人間の存在は脅威となるので、訪問のタイミングは慎重に図る必要があると考えています。

――博士課程から現在までの本学の印象はどうでしたか
 大学院の社会学研究科に在籍していた頃は留学生を含めて多様な人がいて、切磋琢磨して学ぶことができました。まだ、講師として教え始めたばかりですが、こちらが投げかけたものに一生懸命応えてくれて、学ぶ意欲の高い学生が多く、やりがいを感じています。

――これから学生と共に取り組みたいことは
 今はまだコロナ禍で難しいですが、学部ゼミなどでは文献を読むだけでなく、実際に日本における移民や難民支援の現場に赴き、人々とのコミュニケーションを通じた学びも大切にしたいと考えています。また少人数制の対面授業では、一方的な講義形式ではなく文献から得た学びや自分の考えを言葉にすることで、議論が発展する楽しさを学生の皆さんと共有していきたいと思っています。