取材に応じてくれた鈴木直文教授

 今年の8月、ノルウェーの首都オスロで広い意味での「ホームレス」状態を経験した人々を対象にしたストリート・サッカーの世界大会「ホームレス・ワールドカップ」が開催された。この大会に日本チームを派遣したNPO法人ダイバーシティサッカー協会代表理事であり、本学でスポーツ社会学を研究する鈴木直文教授(社会学研究科)に、本学での研究やNPOを通じて行っている事業についてお話を伺った。

 ――鈴木教授の研究分野について教えてください。
 「スポーツと社会的包摂」というテーマで研究をしています。世の中には、様々なディスアドバンテージを抱える人がいます。そのために世間的に「当たり前」と考えられているルートに乗れず、いわば社会の正式なメンバーではないかのように扱われてしまうことがあります。これを社会的排除といいます。社会からの「仲間はずれ」と言ってもいいでしょう。この問題に、私の人生の大きな部分を占めてきたスポーツを通じてどのようにアプローチできるかを考えています。スポーツは競争的な遊びであり、勝者と負者を生み出すので、社会的排除に加担しやすい側面があります。そんなスポーツを、どうしたら包摂的なものにできるだろうか。これが考えていることの一つ目です。もうひとつは、社会的排除を生み出す社会構造を少しずつ包摂的なものに変えていくために、スポーツをきっかけとした仕組みづくりをNPOを通じて行っています。

 ――スポーツと社会の繋がりに興味をもったきっかけは何でしょうか。
 高校生の時のJリーグ開幕(1993年)がひとつのきっかけです。それまで日本のスポーツは学校や企業と強く結びついて成り立っていたのですが、Jリーグが掲げた「百年構想」は、地域に根ざしたクラブ型のスポーツを全国に広げていこうというものでした。地域の暮らしのなかで誰もがいつでもスポーツを楽しめる環境を育てていこうという発想は、とても魅力的でした。しかし、自分が大好きなスポーツが社会のためになるなら素晴らしいことだと思って研究をはじめてみると、必ずしも良いことばかりではないことがわかってきます。スポーツが地域や社会全体にとって良いものであるためには、明確な意図をもって社会に組み込むという発想が必要なのです。

 ――それがNPO法人ダイバーシティーサッカー協会の活動につながるのですね。
 その通りです。ホームレス支援団体であるNPO法人ビッグイシュー基金が2008年から行っていたサッカー・プログラムが母体になっていて、私は2012年頃から調査をさせていただきながら運営のお手伝いをしていました。2020年にこの事業を独立させて法人化することになり、代表理事を引き受けることになりました。いまはホームレス状態だけでなく、様々な障害を持つ方や、ひきこもりや依存症などで苦しむ方、社会的養護出身の方、移民や難民など、多様な社会的困難を抱える人々全般を対象にしています。彼らとその支援者がサッカーを通じて相互理解を育み、「仲間はずれを生み出さない社会」を一緒に作っていく基盤となる場づくりをしています。

 ――協会の事業の一つとして「ホームレス・ワールドカップ」への日本チーム派遣を行っているそうですが、これはどのような大会なのでしょうか。
 「ホームレスのいない世界」というビジョンのもとで開かれるストリートサッカー(4人制)の世界大会です。1チーム8人で構成され、今年は47カ国が参加しました。日本ではホームレスと言うといわゆる路上生活者をイメージする人が多いと思いますが、この大会に参加できる「ホームレス」には、特定の住居を持たず安宿や友人宅などを転々とする人や、安定した居住環境とは呼べないスラムのような地域に住む人々、依存症等からの回復プログラムに参加している人なども含まれています。また、戦争や迫害から逃れてきた難民の方も参加資格を与えられています。大会への参加をきっかけにこうした広義の「ホームレス」状態から抜け出してほしい、またできるだけ多くの人に機会を与えたいという考えで、一生に一度しか出場できないという規定があります。
        
 ――今年のオスロ大会で印象に残っている出来事や苦労された出来事はありますか。
 日本チームには、ウクライナからの避難民の方が2名参加していました。他国にもウクライナだけでなく、パレスチナやアフガニスタンなどの出身者がいるようでした。男子カテゴリーで優勝したエジプトの選手の一人が、決勝で勝ったあとパレスチナ国旗を掲げていたのが印象的でしたね。日本チームの運営で心を砕いたことは、国籍も年齢もサッカー経験も多様な選手たちが、お互いの価値観を尊重し合えるようになってもらうことでした。毎試合テーマを持って臨み、丁寧にミーティングを重ねていったおかげで、メンバー一人一人がそれぞれに課題を乗り越えて、日毎に皆で励まし合うチームに変化していきました。

 ――ダイバーシティサッカー協会の今後の目標を教えてください。
 今回のホームレス・ワールドカップ出場のために、クラウドファンディングを通じて600人以上の方から1000万円を超えるご支援をいただき、大変多くの方に取り組みを知っていただくことができました。協会の事業の中心は国内活動で、世界大会への派遣事業はその延長上にあります。ホームレス・ワールドカップという晴れ舞台を活力にしながら、国内活動に参加してくれる人々や団体に対して本当に価値のあるプログラムを提供し続け、また広げていけるよう、支援の輪の拡大と担い手の育成に取り組んでいきたいと思います。

 ――最後に、学生に向けて一言お願いします。
 一橋の学生さんの中にも「生きづらさ」を感じている人は少なくないと思います。社会の方にご自身を合わせようとし過ぎず、皆さんが「自分らしさ」を大切に生きることが社会を変える力になるのだということを覚えておいてください。ダイバーシティサッカーを一緒に育てる仲間になってくれる方も、いつでも募集しています!

 

取材に応じてくれた鈴木直文教授