スナック、と聞いてどんなイメージを持たれるだろう。夜の社交場。ネオン看板。酒と喧騒。どことなく敷居の高い、大人の空間を想像するのではなかろうか。
 そんなスナックの世界に飛び込んだ卒業生がいる。今春本学を巣立った、坂根千里さん(令3社)だ。在学時から、学生団体を立ち上げてゲストハウスを経営し、1年間休学してカンボジアでホテル経営のインターンに参加するなど積極的に活動してきた。そんな彼女はこの春から、アルバイト先のスナックを引き継ぎ、「スナック水中」をオープンする。学生時代や今後の展望について、本人からお話を伺った。

笑顔で取材に答える坂根さん。親しみやすい雰囲気に話も弾む。

――在学中、ゲストハウスの運営団体を立ち上げられた経緯を教えてください。
 私は1年間浪人をした影響もあってキャンパスライフが始まるのをとても楽しみにしていました。しかし、実際に入学してみると意外と刺激が足りなくて。そんな中、1年の夏休みに奄美大島で地域活性に関するインターンに参加し、そこで様々な生き方に触れて強い刺激を受けました。それまでは漠然と、大学を出て就職するというのが当たり前の人生設計だと考えていたのですが、それだけではもったいない。学生のうちにいろいろなことを体験したいと考え始めたんです。
 私はもともと旅先でいろんな方と交流するのがこの上ない楽しみでしたが、大学の授業期間中はそうもいかない。地域活性に関心があったこともあり、それなら自分が国立に宿を作って、旅人の方々に来ていただけばいいと考え、ゲストハウスの経営に着手しました。
 最初はキャンパスでのチラシ配りから始めました。資金も物件もない状態にもかかわらず、多くの仲間が集まってくれました。クラウドファンディングで資金を募ったり地元のNPO団体に協力していただいて物件を確保したりして、少しずつ構想が実現していきました。

――ゲストハウスを経営していく中で、どういったことが印象に残りましたか。
 全体的な話で言うと、仲間たちと一緒に一つのチームとして活動する経験を得たことです。同じ仲間とある程度の期間一緒に活動していると、だんだんとみんなの得意不得意が分かってきます。それをいかに補い合っていくかというのはとても難しくて面白い課題だと今でも思います。
 具体的な話で言えば、日本でインターンをするために、中国人のゲストの方が1か月ほど滞在されたことがありました。日本のビジネスルールが全く分からず苦労されているところに、学生スタッフがいろんなアドバイスをして助けていました。休日には地元の店を案内したりもしましたね。そうやってゲストハウスが誰かと誰かをつなぐ場となっていくことが嬉しかったのを覚えています。

――1年間休学して、カンボジアでホテル経営のインターンに参加された経緯を教えてください。
 クラウドファウンディングで資金提供してくださった、一橋の卒業生の方が経営するホテルを紹介していただきました。ゲストハウスの経営をしていく中でいろいろとうまくいかないところがあって、ホテル経営を一から学んでみたいと考えたこと、また、少し国立を離れて別の場所に行ってみたいと感じたことが動機です。文化や常識の違う現地の同僚の方々とどうやってコミュニケーションを取り、人間関係を築くかというところが課題でした。これは、ゲストハウス経営にも通ずる課題で、チーム作りの大切さを再認識することができました。

――スナックのどういったところに魅力を感じましたか。
 ゲストハウスの関係でお世話になった地元の方に連れて行ってもらったのが初めです。スナックに入ったことすらなかったのに、すっかり魅せられてしまって、そこでアルバイトを始めることになりました。
 スナックはとても混沌とした場所です。独特の雰囲気の中で、お客さんたちとお酒を飲んだり、他愛ない話をしたりする。何の生産性もない時間ですが、そこにこそ価値があると思います。私も含めて多くの人は普段効率を気にしながら生きていますよね。しかし、実は生産性がない時間こそが人との信頼関係を築き、大切な休息の時間になっていると考えます。だから、日常の中に肩の力を抜いて、くだらない時間を過ごすことができる場所があるというのはとても素晴らしいことだと思っています。

――開店準備の中で大事にしたことはありますか。
 まず意識したのは、力を貸してくださる皆さんとのつながりを大事にすることです。私一人では、銀行融資を受けることも物件を借りることも難しかったと思います。ゲストハウスを経営してきた実績を信用して融資をいただいたり、地元の方々に協力していただいたり、先代の店をリニューアルする形で引き継がせていただいたり、クラウドファンディングで資金を提供していただいたり。多くの方々とのつながりがあったからこそ、開店までたどり着くことができました。
 店に関しては、常連さんを大事にするのは当然として、新規のお客さんも親しみやすい空間を意識しています。例えば、店が正式にオープンしたら、平日は常連さんメインとして、週末は新規のお客さん向けのイベントなどを行う予定です。スナックは外から中の様子が見えないことが多く、常連さんたちからすれば落ち着く反面、新しいお客さんから見れば入りにくくなっています。そこでイベント時は新しく作った隠し扉を開けて外から店の中が見えるようにし、開放的な雰囲気に変えます。また、お手洗いの横にレコードスペースを設けました。スナックは初対面の方と交流する機会が多いことが魅力でもありますが、一方で、慣れてくるまでは少し一人になる時間が欲しくなることもあります。そんなときはこのレコードスペースでしばし休んでいただけるようになっています。

新設されたレコードスペース。小ぢんまりとしていて、ほっと一息つける空間になっている。

――スナックの経営を通じて、将来的にどんなことをしたいですか。
 真面目で、一生懸命で、他人に甘えることが苦手な女性たちのためのスナックを目指したいです。ストレスのはけ口のない人たちが、フラッと立ちよって愚痴をこぼしていけるような。日常とは違う人間関係を築き、それに少しだけ甘えられるような空間を提供するのが私のミッションだと思います。まずはこの国立の街からスタートして、将来的には様々な場所に輪を広げていくのが目標です。

――最後に、一橋の学生に向けてメッセージをお願いします。
 一見意味のないような、つまらないことでも、継続していくことで得られるものがあると思います。私も入学当初、一橋には自分の求めるものはないと早々に見切りをつけてしまいました。ゲストハウスを始めてからも案外地味な作業ばかりで、いやになったこともあります。しかし、大学の仲間たちとじっくり関わるなかで、彼らの特長や考えを知り、かけがえのない仲間を得ることができました。私が、それまで積み上げてきた人間関係に後押しされてスナックの開店までたどり着いたように、じっくり継続したことが、いざ本当にやりたいことが見つかった時、必ず活きてくると思います。こういう教訓じみたことを言うのは少々照れくさいですが、どうか今目の前にあることの一つ一つを大事にしてください。

 谷保駅からほど近く。国立の町から、坂根さんの新たな挑戦が始まる。「スナック水中」は4月19日グランドオープン。街の雑踏の中で、ひときわ目を引く青の看板が目印だ。

水色をイメージしたきれいな青色の看板