その一冊が学びを支え、社会を変える (株)旺文社・石島大輔さん(平10社)

 「英単語ターゲット1900」や「数学Ⅱ・B標準問題精講」に「螢雪時代」。一橋生なら誰もが一度は手にしたことがある、おなじみのラインナップだろう。「あの一冊」のおかげで大学受験を乗り越えられたという人も少なくないはずだ。そんな人生のターニングポイントで私たちを支えてくれる、教育出版業界で活躍する本学OBがいる。学習参考書や教育アプリ、受験情報サイトなどを手がける株式会社旺文社で、昨年から取締役執行役員に就任した石島大輔さん(平10社)。学生時代の思い出や仕事のやりがい、学生へのメッセージを伺った。

旺文社本社。手前に見えるシンボル「ダイナミック・サンライズマーク」は、社名の「旺」の原義である「昇っていく太陽の躍動」を表現。

――大学時代はどんな学生生活でしたか。
 子どもの頃から社会科の授業が好きで、一橋の社会学部に入学しました。当時1・2年生は小平キャンパスで授業を受けていたのですが、いかに楽をして単位を多く取るかばかり考えていました。
 その中でも印象に残っているのは、大学の講義の多様さです。プラトンやフーコーについて先生がひたすら板書する、高校の授業のような講義もあれば、板書をしないでボソボソ語り続ける先生もいて、研究者とはこんな人たちなのかと思いました。後から振り返ってみれば、多くの著名な先生方に教わっていたのですが、当時はあまり身が入っていませんでした。
 ほかには野球サークルに所属してリーグ戦に出場したり、趣味のプロレスについて気の合う仲間と語ったりしていましたが、学内で活発に動くタイプではありませんでした。
 3年次からはアメリカ史のゼミを選びました。プロレス界でも白人と黒人の争いが根強かったことや、アメリカのスポーツ選手が国歌を誇らしげに歌う姿から、そのルーツとなるアメリカの歴史にも興味を持ったように記憶しています。当時はちょうど多文化主義という言葉が聞かれ始めた頃で、卒論に向けては主にパトリオティズム(愛国心・愛国主義)とナショナリズム(国民主義)の違いについて、文献を通じて学んでいました。

――進路はどのように決めましたか。
 将来については、正直あまり真剣に考えていませんでした。学問の道に進むことも視野にありましたが、学部での学びで自分の中に一区切りがついたので、進路は漠然と就職へと向かっていました。
 3年生の終わり頃になると、周囲が一気に就活ムードになり、手元に就活情報誌が大量に届くようになりました。流されるままにOB訪問や面接を進めていたとき、企業の面接で偶然仲の良い友人と会ったのですが、彼はゼミや部活で得た縁で「特別ルート」を進んでいました。つまり、ほかの学生とは違い、選考での優遇が事前に約束されていたのです。その時、早い段階から資格取得の勉強に精を出したり、人脈づくりに奔走したりしていた周囲の行動を思い返して、「そういうことか」と思いました。これがきっかけになって、自分の現状を真剣に考え、自分の内側に目を向けるようになりましたね。
 それからやっと就職活動に本腰を入れ、縁があって旺文社に入社しました。当時は、就職活動に出遅れたことへの焦りはありました。それでも、もともと本や学習参考書を作る仕事には興味があり、高校時代から旺文社の辞典や問題集、「英単語ターゲット1900」の初版などを使っていて、親近感のある会社だったので、やはり縁があったのだと思います。


――社会人生活では、想像とのギャップはありましたか。
 入社してまず感じたのは、商品を買ってもらうことの難しさです。たとえば「英単語ターゲット1900」をある学校で学年全員に使ってもらうためには、学校の先生方との人間関係を築いて説明を重ねることが必要です。学習参考書や教材を扱う会社はいくつもあり、その中で自社の商品を選んでもらうのは難しいことでした。

――出版という仕事の魅力ややりがいは、どのようなところに感じますか。
 旺文社が扱う学習参考書などは、一つの商品がそれを手に取ってくれた人の人生における様々な選択をバックアップする存在となり、その人のキャリア形成の一部を担っていきます。特に参考書や単語帳はボロボロになるまで何年も使ってもらえる商品なので、社会に貢献しているという実感があり、「私欲」の対極にある「公欲」を満たすことのできる仕事だと感じています。

本社1階には、参考書や単語帳など、全国の学生に愛用されている書籍が並ぶ。

――安定を求めて大企業を志望する学生もいますが、比較的小規模な旺文社の魅力は何ですか。(注)旺文社の社員数は185名(2022年1月1日現在)。
 旺文社はコンパクトな規模なので、編集、営業などそれぞれの職種において、一人が幅広い裁量で関わることができますし、職種間の行き来も比較的柔軟だと思います。わたしも営業、編集、マネジメントと、さまざまな職種を経験させていただいたことが、今の肥やしになっています。また、書籍コンテンツや教育情報をビジネスとする、紙の出版以外の事業も活発です。そして、人柄の良い社員が集まっていて、家庭的な雰囲気です。


――この記事を読んでいる大学生へのメッセージをお願いします。
 大学生の間は視点を自分の内側に向ける時間を大切にしてほしいです。社会人になると、どうしても他の人との関係性を上手く作ることが第一に求められますが、大学生の間というのは、自分が熱中できるものにじっくり時間を使える時期だと思います。同じ一日24時間でも、勉強だけでなくアルバイトやサークル活動、趣味など、時間の使い方は人それぞれなので、何か熱中できるものを見つけて、取り組んでほしいです。
 そうして自分の内側を覗いて何に興味があるのかを客観視することは、自己を作ることに繋がり、そこから「将来どうなりたい、どのような仕事がしたい」ということが見えてくるのではないでしょうか。一言にすれば、まさに「よく学び、よく遊べ」ということですね。
 また、直感的に興味を持つことができた事柄について深く掘り下げていくことも大切だと思います。何か目に見える形で花を咲かせること自体を目的にするのではなく、好奇心の赴くまま根を張り巡らしていくうちに、違うところに出たり、思いがけないところで繋がったりするものです。
 私自身、社会人になってからの様々な経験を通じて視点が変わり、興味関心も変化してきましたが、振り返ってみれば大学時代に抱いていた好奇心や興味関心が今に繋がっていると感じます。
 大学生とは時折かかわる機会がありますが、真面目でひたむきだなという印象を受けます。気負いすぎることなく、等身大の今の自分が抱く好奇心に素直に、歩みたい一歩を踏み出し続けていただければと思います。

子ども向け実用書「学校では教えてくれない大切なこと」シリーズ。22年6月現在、全38冊が発行されている。教科の枠を越えて将来にわたって役立つ力をマンガで学ぶことができ、大人にもおすすめ。

株式会社 旺文社
 1931年(昭和6年)創業の教育、情報をメインとした総合出版会社。創業者赤尾好夫が唱えた社是『夢高くして足地にあり 良書を供して英才を育て 文化を興して以て栄える』のもと、向学心のある学習者が場所を問わず質の高い教育を受けられるよう、教育イノベーターとして常に新しい商品やサービスを提供してきた。学習参考書や辞書、資格対策書などを扱うブック事業のみならず、受験情報雑誌「螢雪時代」や大学受験を応援するサイト「パスナビ」などの教育情報系事業や、デジタル事業も展開する。