6月30日、ジェンダー社会科学研究センター(CGraSS)主催の第40回公開レクチャーが開催され、『裸足で逃げる――沖縄の夜の街の少女たち』の著者、上間陽子・琉球大学教育学部研究科教授が講演を行った。上間氏は、「若い女性がどのように大人になっていくか」をテーマに研究を行っている。本著は、沖縄の風俗業界で働く少女たちを対象に実施した聞き取り調査を、生活史の形でまとめたものだ。

 そこでは、沖縄の少女たちが対面する過酷な現実が描き出される。例えば登場人物の一人である優歌は、幼い頃から暴力を受け続けている。兄は日常的に彼女を殴り、16歳で結婚した夫も、子どもが生まれると暴力をふるうようになった。結局離婚したが、子どもは夫が引き取り、彼女はまた一人になった。次に付き合ったのは、前の妻を殴って病院送りにもしたことのある男性で、彼女が妊娠したことが分かった後、姿を消した。優歌は今、キャバクラで働きながら、子どもと二人で暮らしている。『裸足で逃げる』では、こうした想像を絶する少女たちの暮らしが6例紹介されている。

 今回の講演で、中心的なテーマとなったのは「家族」だ。

 上間氏は実際に調査を行う中で、家族というものの不思議さを感じるようになったという。『裸足で逃げる』の中にも、ネグレクトを受けていたにも関わらず親を介護したり、パートナーのDVに耐えてまで「理想の」家族を維持しようとしたりする少女たちが、優歌の他にも登場する。どの少女も家族のつながりに執拗にこだわり、かえって自分を苦しめているように見える。それでも彼女たちはそこから逃げようとしない。ここで上間氏は、実践的領域では、単に家族のイデオロギー性を批判することは役に立たないことに気づいた。

 今、上間氏は家族の抑圧性、暴力性への批判を超えて、ケアを軸にして営まれる家族の重要性を感じている。理想像に合わせた画一的なものではなく、彼女たちの家族一つ一つに合った支援が必要なのに、実際にはほとんどなされていない。そのような家族支援の仕方を議論すべきだ、と上間氏は考えている。

 講演の最後で上間氏は「調査の中で気づいた行政の問題点は?」との質問に、「人の生活に多様な状況があることを想像できる力の不足」と答えた。上間氏は調査の中で、行政以外の様々な場所でも、彼女たちの社会的承認を踏みにじるような行為や発言をする人を見てきた。彼らに欠けていたのは、世界には彼らとは全く異なる環境で生活する人々がいるという認識だ。

 確かに、「裸足で逃げ」たことのない人間が彼女たちの行動を理解するのは難しい。それでも、その行動の裏には彼女たちが経験していて、私たちは知らない何かがある、そういった意識が頭の片隅にあるだけで、彼女たちがこれから傷つく回数は少し減るのではないだろうか。