山内進学長の構想した「海外短期語学留学の必修化」が学生に知れ渡ったきっかけは、7月の一般紙による報道だろう。その後、本学ウェブサイト上に、必修化を決定したかのような報道がなされたが、必修化を「決定」したわけでなく、今後さらに学内での議論を重ねるとする文章が掲載された。しかし、現在に至っても学生に向けて、この議論の詳細は明かされていない。本紙は4月に山内学長への取材を申し入れたが、長らく取材は実現しなかった。

 山内学長は11月末で学長の任を解かれることが決まったが、退任を前にインタビューに応じた。留学必修化構想の概要や、そこに込められた思いについて聞いた。

――そもそも 、議論はどの程度まで進んでいるのか。

 中期計画に書いてあるのは大雑把な話で、中身についての議論はこれからです。必修化を「目指して」という表現があるように、必修化することが決定したわけではありません。私は必修化を目標として考えていましたが、学内の世論は必ずしも「それが良い」というわけでもないようですから。今後、教授会や評議会の審議を経て決める問題なので、そこでの議論がまとまらないと、はっきりしたことは言えません。

――海外短期語学留学を必修化する、ということの意図は何か。

 読み、書き、聞き、話すというトータルな英語力を考えると、日本の学生は高校までの教育で重点的に学ぶ読み以外の部分が弱い。その弱い部分を強化するため、集中的に勉強させようというのがまず一つ目の意図です。もう一つは、海外に行くこと自体が良いんです。異文化の中で様々な経験を積み、それを踏まえて自分なりに今後について考えるということですね。語学を含め、自分がどう勉強していけばいいか当然考えることになるでしょう。大学に入学し、早い段階でそういう経験を積むことが非常に大切になると思います。一か月で集中的な教育を受けたから急に成績が上がるということはないかもしれませんが、それでもその後の展開・発展のためには大きな意味があると思います。そういう経験を積む機会を大学が与えることが大事だと思っているわけです。

 卒業して企業に勤めると、「TOEFLやTOEICは何点だ」と聞かれ、成績が悪ければ「語学の勉強をして来い」と言われてしまう。そんなことを言われては馬鹿馬鹿しいですから、学生時代に勉強しておいた方が良いと思っています。
また、自分はどうしても海外で勉強したくないという学生は無理に留学する必要はありません。TOEFLやTOEICの成績次第で、留学しなくてよいというシステムがあっても良いと思います。大学として、この学生はこれだけの勉強をし、実力を持っていると保証をしなくてはなりませんので、相応の能力があることを証明してもらう必要はあります。

――必修化となれば多額の予算がかかる。予算に対する教育効果のコストパフォーマンスなど、金銭的な問題についてどう考えているのか。

 費用についてはある程度は、学生にも負担してもらったほうが良いと思っています。「全額出るから何となく海外に行ってきました」とならないよう、「自分でお金を出す以上は真剣に勉強をして成果を身に着けたい」というくらいに考えてもらわないといけません。自己負担額の案としては30万円前後を軸に据えてはと思っていますが、その人の将来のための経験ということを考えると、決してコストパフォーマンスとしては悪くないと思います。

 もちろん大学は金銭的な支援をしますし、海外で学び始めるための筋道をきちんとつけるということもします。大学が主導して環境を整備し、リスク管理まで行うというのが決定的に大きい。そうすれば次に長期の留学などで海外へ出るときにも、自分でどうしたらいいのかということや、何をどう勉強すべきなのかということも分かります。

 同時に、本学を志望する受験生は、合格したら入学金以外にこういうお金がかかるわけですから、それを覚悟して受験してください、ということは当然公表します。お金はかかるが、それでも入学したい、それだからこそ入学したいという学生が集まれば、それでいいと思っています。

――それではお金がないと入学しにくい大学となってしまうのではないか。ただでさえ国立大学の授業料はここ数十年でかなり増えている。

 そういった面がないとは言えませんが、本当にお金がない人は自己負担なしで行けるようにするということは考えます。授業料の免除と同じです。お金がないから留学できないということがあってはいけません。

 ただ私は、お金がないから自己負担なしでというよりも、貸与形式の奨学金を充実させるべきだと思っています。社会に出たら自分で返済し、後輩はまたその奨学金を使ってくださいというシステムの方が良い。30万円という額は、本学の学生であれば、社会に出れば一年で返せる程度の額ではないでしょうか。

 個人に対してはなるべく負担をかけさせないのが理想ですが、自分の負担が全くなければ良いというわけではありません。私が学生のころは授業料が1万2千円と安く、大変助かったのは事実です。その時代はそれで済みましたが、今の時代は国も大変な借金と、社会保障などの様々な問題を抱えています。そういう中で、大学生だけがお金を一銭も使わずに海外でも勉強できる、ということが本当に公平なのかという問題もあり、そういった観点からも自己負担を含むと考えています。

――1千人の新入生が一斉に海外へ行くとなれば、受け入れ先で固まったり、安全面で問題が出たりするのではないか。

 一年生の夏季に全員が一斉に留学するということは難しいので、4年間の間に一度は何らかの形で留学を経験する、というシステムを作る必要があると思っています。そのためにいま留学モニターという形で試行しています。私はできるだけ若い、入学直後の段階で経験を積んだ方が良いと思っていますが、それよりも一年くらい大学で勉強してからいきなり長期という形も含めて留学した方が効果的ではないかという考え方もあります。それも一理あると思いますので、その辺りはこれから考えていかなければならないと思います。

――一度海外を経験すれば、次は長期で留学したいという学生も増えると思われるが、如水会の留学は現在でも倍率が高い。定員を増やす計画はあるか。

 これについては明治産業・如水会の海外留学奨学金制度のお金の出し方が関係しています。いまの留学制度では100~120万円と、かなりの額が出ている。年間で5千万円が如水会と明治産業から出ていますので、1人100万円と計算すると、給付を受けられるのは50人です。ただ、これまで20~30人くらいしか留学しない時代が長かったため貯金があり、これに加え国の補助金も整ってきています。このため昨年は60~70人が留学しましたし、近年中に100人ほどとなる可能性があります。留学モニターの影響で、希望者も増えているんです。

 今以上に希望者が増えてしまうと、どこまで送り出せるかという問題は出てきます。ただ、本学は基本的に交流協定校に留学する場合、授業料は必要ありません。勉強するために必要な資金や生活費は日本にいてもかかるので、実際に必要となるのは飛行機代程度という考え方もできます。そこまででなくとも、給付額を減らせば、その分多くの人数を対象にできますし、一橋大学基金などから長期留学に資金を回すことを考えてよいと思います。やはり一か月よりは半年、半年よりは一年留学した方が良いとでしょうから、できるだけ長期の留学を充実したいと考えています。

【記者の眼】
広報誌「HQ」44号で落合一泰副学長(教育・学生担当)は、留学モニターという「壮大な実験」により、「留学によって得るもの」を明らかにすると発言している。しかし、この「壮大な実験」には、重大な欠陥がある。比較対象が設定されていないという点だ。例えば、海外に行かずに国内で英語の集中的な教育を受ける場合、あるいは旅行など勉学以外の目的で海外に行く場合との比較なしで、この「実験」の効果を語ることに、どれほどの意義があるだろうか。

 インタビューで山内学長が留学必修化の意図として挙げた主なポイントは、①トータルな英語力の強化、②異文化経験を通じて自分のその後について考えること、という2点だ。確かに、短期とはいえ海外留学を経験することで、上記の点を含む様々な点でメリットはあるだろう。

 だが、そのメリットを享受するために、「海外短期語学留学の必修化」は最善の手段だろうか。30万円程度という学生の自己負担を含め、全体でかかる費用は年間5億円程度とも言われる。年間の予算が100億円前後(うち教育経費は昨年度で約15億円)の本学にとっては非常に大きな額だ。留学必修化は、これだけの巨費を投じるにふさわしいのだろうか。

 英語力強化の面では、前号でインタビューした留学モニター参加者から、英語に接する機会の少なさや、クラスのレベルの低さについて不満が聞かれている。これは、短期の語学留学では受け入れ先大学の通常授業でなく、語学留学者向けの授業、言ってしまえば国内で英語の授業を受けるのと大差がない授業が行われているためだ。学生の英語力を高めるためには、英語科目の「シビア化」や英書輪読ゼミの必修化など、国内でできる別の手段もあるだろう。これらの効果の検討もすべきではないか。

 また異文化経験がその後の生き方や学び方に良い影響を与えるという点も理解はできるが、そのために留学必修化こそが唯一最善の手段だろうか。例えば、欧米で普及しつつあるギャップイヤーと、奨学金の体制を整備して海外研修や海外旅行を奨励するなども有意義ではないか。他にもゼミの海外調査実習など、様々な選択肢が考えられる。

 山内学長や落合副学長の言葉からは、留学必修化の良さは伝わってくる。しかし、説得的な留学の必要性は見えてこない。巨費を投じ、学生にも自己負担を強いる制度が想定されているだけに、学生を含め全学的な知恵を結集して構想を検証し、場合によっては大きく路線を転換していく必要があるはずだ。

 

山内進(やまうち・すすむ)学長
1949年生まれ。北海道出身。72年本学法学部卒。博士(法学・一橋大学)。専門は西洋法制史。現在の学生担当副学長にあたる学生部長、法学部長などを経て10年から現職。
11年4月1日に、大学運営の基本方針として「プラン135」を発表。「スマートで強靭なグローバル一橋」を掲げ、学生の国際交流の強化や英語コミュニケ-ション能力の向上、大学史の研究推進など様々な計画を示した。昨年4月1日には「学長見解2013」で春入学・秋始業方式の学期制などを提案。さらに今年3月末に変更された中期計画上で、平成30年度までに海外短期語学留学の必修化を目指すと明文化した。