【一橋祭2023】「前財務事務次官が語る、一橋と私」 矢野康治氏講演会

 本学OBで前財務事務次官の矢野康治氏(昭60経)による講演会が、一橋祭運営委員会主催のもと、一橋祭1日目にインテリジェントホールで行われた。「前財務事務次官が語る、一橋と私」というタイトルで、一橋生時代から官僚時代までの矢野氏の半生が語られた。
 矢野氏は、1985年に本学経済学部を卒業し、同年に大蔵省(現財務省)に入省。主計局及び主税局を中心にキャリアを歩んだ。途中、内閣官房で8年ほど勤務したのち、主計局長や主税局長などの要職を歴任し、2021年には本学出身者で初めての財務事務次官に就任した。事務次官を約2年務め、2022年6月に退任。現在は、財務省顧問や本学顧問を務めている。
 講演会は三つの柱を軸に展開された。
 まず一つ目の柱が「無知の知」である。矢野氏は、本学入学後に小平の学生寮に下宿することになったが、そこでは先輩らから膨大な量の課題図書を与えられ続けた。また同時に、近くのファミレスに連れて行かれて、先輩らの学術談義に同席する日々が続いた。それらの内容は、きわめて難しいものばかりで、先輩らの議論に入りたくても入れないもどかしさを感じたという。3年次から所属した荒憲治郎ゼミでは、毎度のことレジュメを必死に作成してゼミに臨むも、先生に核心を突くようなフィードバックをもらい、自らの理解度の浅薄さを思い知らされた。このように若い頃に「無知の知」を痛烈に経験したことが、その後の人生において物事の神髄を捉えようとする原動力になったと矢野氏は語る。
 続いて紹介された第二の柱は、心技体における「心」の重要性である。ここでは、矢野氏の経験した二つの少し変わったエピソードが紹介された。一つ目のエピソードは、大学4年次の秋に経験したものである。当時、立川でテニスの国際大会が行われ、テニスを趣味にしていた矢野氏はボールボーイのアルバイトに従事した。そこで名だたるプロテニスプレイヤーのプレイを目に焼き付けた矢野氏は、途端にテニスの腕前が上達したという。以来、技術の向上や体づくりも心構えがあってのことだと考えるに至ったと語る。二つ目のエピソードは、入省3年目の時期に姉が亡くなったことについてであった。これを機に、自分もいつ死ぬか分からないと悟った矢野氏は、少しでも社会の役に立ってから死にたいと思うようになり、自らの考えをどんな相手にでも怯まずに直言するようになった。矢野氏曰く、心の持ち方ひとつで、人間は無限の可能性を解放することができるという。
 三つ目の柱として、「余計なプライドを持つな」という諌言が挙げられた。傲慢な自尊心に沈んでいると、交渉や議論の場で自らのパワーを出し切れずに、目標を達成することができないかもしれないと語る。一方で謙虚な態度を貫けば、協調性を生むことも、「無知の知」に至ることも、物事の神髄をつかもうと励むこともできる。その上で、東京大出身職員ばかりの大蔵省の中で、本学出身という出自は謙虚にならざるを得ず、プライドトークの自制につながったという。
 以上三つの柱を軸とした本講演は、質疑応答の後、盛況のうちに幕を閉じた。

講演会後の矢野康治氏。講演は盛況だった。