所狭しと並べられた本を見上げる。一冊を手に取り、前の持ち主に思いを馳せると、鼻をくすぐるのは古い紙の匂い。懐かしさを誘う場所、古本屋。インターネットの隆盛で書店が減少していると言われる中、古本屋という存在は時代遅れとなりつつあるのかもしれない。しかし古き良き古本屋は、決して化石のような存在になったわけではない。国立に息づく古本屋の魅力を「深読み」し、紹介する新企画。今回は旭通りにあるユマニテ書店を取材した。(1月27日取材)
東キャンパスの脇から旭通りに出て、JR南武線谷保駅方面に歩くこと約10分。茶色の古びた看板がどこか懐かしい、こぢんまりとした古本屋が見えてくる。店に入ってまず目に留まるのは、あちこちにうず高く積み上げられた本の山々だ。文庫の推理小説から、ハードカバーの法律書や歴史書、哲学書まで、幅広いジャンルの本が揃う。背表紙を読んでいくだけでも楽しく、いつの間にか時が経ってしまう。主に扱っている本は、社会科学、人文科学、海外文学などだ。国立近辺のみならず、全国から客が足を運ぶという。店のレトロな雰囲気や扱う本の多さ、専門性の高さを見れば、それにも頷ける。留学生も多く訪れるそうだ。
出迎えてくれたのは店主の宮國恵次さん。妻の美穂子さんと店を切り盛りしている。三鷹で創業し、吉祥寺、国分寺と移転した。大学街特有のアカデミックな雰囲気に惹かれ、国立に店を構えて36年になる。
宮國さんは元商社マンだという。古本屋を始めたきっかけは「脱サラ」だった。長期の海外勤務を命じられ、離職した。海外に興味はあったが、洋行期間の長さや家族との関係を懸念したためだ。第二の職業に選んだのが古本屋。好きな本に囲まれて営業できる点や、資金面で開業しやすい点が決め手だった。
古本屋業の好きな所は、その自由さや気楽さだ。ノルマのあった商社時代のように利益を追求したり、客に過剰に気を遣ったりせずに営業できる。「『いらっしゃいませ』も『ありがとうございます』も言ったことはないね」。珍しい本を扱えることも、楽しみの一つだ。
おすすめの本を尋ねると「本は自分で選ぶもの」という答えが返ってきた。着るものと同じで、本も自分の目で選ぶべきだ。漠然とおすすめを訊かれるだけでは、何もできない。反面、関心のはっきりした熱意のある人はサポートしたくなるという。
「最近の学生は自分で本を選ぶ力をあまり持っていない」と宮國さんは寂しそうにつぶやく。実際に学生と話すと、専門以外の分野を自分で掘り下げていく視野の広さが欠けていると感じるそうだ。本選びのためには、自分の興味の対象を知ること、納得のいくように興味の領域を積み重ねていくことが大切だという。
こんな印象的な例えを教えてくれた。本を探す人は、森で狩りをする猟師だという。多様な出版文化という「森」の中から、興味を持つことのできる本を見つけ出すハンターだ。そう言われると、周りの本が茂る木々に、店内が広大な森の一部分に思えてきてならない。「またいつでも来てよ」と気さくに微笑む宮國さんに見送られ、国立の小さな書物の「森」を後にした。