加藤俊彦学長候補

 学長選考が進む中、本紙は2月中旬、第二次候補者に内定した加藤俊彦副学長(経営管理研究科)にインタビューを行った。本学を取り巻く環境が日々変化する中、運営にどう臨むのか、本紙記者が問うた。

 経営組織論を専門とする加藤氏。彼が経営哲学の基盤に置くのは、Ⅽ・バーナード氏が提唱した「権威受容説」の論理だ。権威とは、下位者がそれを受容して初めて成立し得る―彼はこの論理に従って、多様なステークホルダーを見据えた運営を目指す。

 「法人化前と比べて、外部に対するアカウンタビリティー(説明責任)は高まった。経営協議会の過半数は学外者だし、役員会にも2人いる。学長のリーダーシップというが、自由勝手にはできないし、内向きの話だけではダメだ。」

学生・教員は“ステークホルダーの一人”

 「外部の目」を強調する加藤氏だが、教員・職員や学生といった「内部の目」に対してはどう向き合うのか。

 「当然、丁寧な説明は必要だ。教職員に対して説明や対話の場を設けてきた中野学長の姿勢を継承したい。みんなに受け入れてもらって初めてやっていける。」

 加藤氏はこう述べる一方で、院生自治会が求めている、学生と執行部との定期的な交渉の場の設置について是非を問うと、次のように述べて明言を避けた。

 「(内容を詳しく知らないので)なんともそれは分からない。学生はステークホルダーの一人ではあると思う。」

留学生の学費値上げ、明言避ける

 学生や教職員に限らず、学外者などの多様なステークホルダーを重視する姿勢は、留学生の学費問題について問われた際にも垣間見えた。

 文部科学省は2024年、国立大学の授業料の上限規制について、留学生のみを適用対象から外した。これに伴い、東北大が留学生の学費を1・7倍に値上げすることを決めるなど、全国の国立大で値上げの動きが出始めている。

 こうした中で、本学はどのように対応するべきなのかを問われると、社会的状況や財務状況、学生の負担などを「総合的に勘案して、大学として決めるべきこと」として明言を避けた。

 これに続いて、学費全般の在り方について次のように述べた。

 「払う側からしたら当然、たくさんは払いたくない。しかし、特定のステークホルダーだけ考えるわけにはいかないわけで、放漫経営になっても困る。これに関しては、逆に上げろという声だってある。」

 さらに、全ての学生に一律の学費を課すことについても、次のように疑問を呈した。

 「多様な学生がいるわけで、例えばビジネススクールでいうと、(学費が)私立と何倍も差がついている。教えた内容や負担の意義とかが、様々な事情によって変わるので、一律の授業料がいいかというとそれはまた別の問題だと思う。」

理系重視の学術政策、「厳しい状況」

 「10兆円ファンドとか国際卓越とかの政府による研究支援は、どうしても理系が中心。理工系中心の評価基準や予算配分が行われる現状で、本学は全体として厳しい環境にある。」

 加藤氏は危機感を示しつつ、社会・人文科学の重要性を社会に示すことでこれに対応すべきだとする。

 「税金を投入してもらうからには、自分たちが重要だってことを認めてもらわなければいけない。それの根拠として、優れた教育・研究活動を各領域で頑張って進めてもらう必要がある。」

優秀な人材輩出通じ社会貢献を

 これに加えて、加藤氏が強調するのは、優秀な人材の輩出を通じた社会貢献である。

 「我々の提供する教育のポテンシャルは非常に高い。特にここ10年ぐらいは一生懸命変えてきた。例えば、昔は限られた人しか行けなかった長期留学に、今は10%を超える方々が行っている。学生はこの環境を大いに活用してほしい。」

厳しい財政状況、どう挑む -図書館予算を優先課題に

 「国立大学の財政は厳しく、本学も25年度から赤字予算を組まざるを得ない。」

 加藤氏は、財政について危機感をにじませた上で、図書館の予算確保を優先課題に挙げた。

 「円安というのもあって、電子ジャーナルが高騰している。億単位でかかるものが、毎年さらに上がっている。これが貧弱だと研究に支障がでてしまう。」

外部収入やIT化で財源確保

 こうした中で、加藤氏が財源捻出の方策として挙げるのが、外部収入やIT化である。

 「本学は関連法人を持っていて、大学予算の1割弱ぐらいの収入を得るまで拡大してきた。これは文系中心の大学としては異例であり、寄付といった形で大学に生かされている。」

 「あとは、DXやIT化といったものをより投入して、コストを下げながらサービスも低下させないというのをやっていきたいと思っている。」

 加藤氏は重ねて、国立大学協会を通じて、政府に対して予算確保を求めていく姿勢も示した。

「女子枠」設置に否定的見解

 本学では、社会学部では学生数が男女ほぼ同数となる一方、商学部の女性割合は3割弱、経済学部・ソーシャル・データサイエンス(SDS)学部では1割台前半に留まっている(2025年度時点)。こうした中で、京都大などが理工系学部の入試を中心に導入する「女子枠」を、本学にも導入すべきか問うと、加藤氏は次のように否定的見解を述べた。

 「経済学部・SDS学部の女性割合は相対的に低いが、全般的には上がっていて、そんなに悪いとは思っていない。女子枠を設置しなきゃいけない所は、経済学部の比ではなく、もっと少ないからなのではないか。アドミッションポリシーによって、入学する人について一定の能力を担保しないといけない。各学部の取り組みを止められるわけではないが、女子枠を全学的に制度化する予定は今のところない。」

 「本学としては住居費の補助や女子トイレの改装を進めてきた。でも、トイレがきれいだから、住居費が安いから本学を選ぶっていうのは限られるかもしれない。結局は大学の総合的な魅力を高めることが欠かせないと思う。」

外国人差別に反対、個別政策は明言せず

 「故無き差別は絶対反対だ。大学は、自由な環境で人々が前向きに対応していく所だ。」このように述べ、外国人差別に反対を述べる加藤氏だが、個別の政策についてどう考えるのか。文科省は2025年、博士後期課程生に対する経済支援制度「SPRING」について、留学生を生活費支援の対象外にすることを決めた。これに対する認識を問うと、「日本人学生を含めた全ての学生が、それぞれの立場で必要とされる環境を、公正かつ可能な範囲で提供するべきだ」などと答え、具体的評価は示さなかった。

ハラスメント問題、事務職員も保護

 アウティング事件(※4)から約10年、その後も人権侵害やハラスメントの事案が散発し、対策体制の不備も指摘されている。これにどう対応するのか問うと、加藤氏は次のように述べた。

 「教員や学生だけの問題ではない。事務職員が窓口で暴言を吐かれるという、いわゆるカスハラもある。ハラスメントへの対応は、状況に応じて改善・強化を図るのが適切であると考える。」

「いい人じゃなくなる」覚悟

 厳しい環境に置かれた本学の舵取りに臨む加藤氏。インタビュー終盤、学長職への覚悟を語った。

 「マネジメントというのは、トレードオフがある。何かを優先すると、別の事を望んでいる人から不満が出る。だから、いいことを順番にやっていけばできるっていうのは、それはマネジメントではない。幅広いステークホルダーの要求をいかに最適値に落とすかっていうのは、極めて難しいことだ。」

 「こうして教えてきたマネジメントに、自分がさらされることになるわけだ。いい人じゃなくなる。恨まれるし、陰で色々言われる。でも、覚悟したんですよ。」

 そして、最後にこう言い添えた。

 「もし学長になれるのであれば、この大学が生き残るだけじゃなくて、社会で『一橋大学っていいよね』っていう風なものを、中長期的に残せるよう貢献していきたい。死んだ後に墓に石を投げられないようにしたいな(笑)。」

記者の目―本学の価値を貫く強さを

 多様なステークホルダーに向き合い、多角的な視点から物事を見つめる――加藤氏は、経営学者らしい、冷静かつ合理的な姿勢のもと、本学の運営に臨もうとしている。しかし、その姿勢には同時に、一抹の危うさも垣間見える。

 加藤氏は、本学が向き合うべきステークホルダーとして、とりわけ「外部の目」の重要性を強調した。だが、学長の耳に届く学外の声の多くは、関連予算を管轄する文部科学省や、本学と連携・協働する一群の企業、さらにはそれらを代表して経営協議会に参画する学外委員から発せられるものではないだろうか。実際、経営協議会の学外委員の多くは大企業の幹部によって占められている。

 本学には、既存の権力に毅然と向き合い、時に批判的立場を貫くことによって社会に貢献してきた歴史がある。弱者の声に耳を傾け、体制が生み出す歪みを捉え、可視化してきた学問の営みは、本学の重要な蓄積である。特定の「外部の目」を過度に重視するあまり、そうした営みが軽視されることがあってはならない。

 **「いいことを順番にやっていけばできるっていうのは、マネジメントじゃない」**と加藤氏は述べる。確かに、意思決定は常にトレードオフを伴う。しかし、どのような状況にあっても本学が社会や未来に対して守るべき「いいこと」「価値」を見極め、それを貫くこともまた、本学の責務である。残りの選考期間を通じ、加藤氏がその価値と方向性をどこまで具体的に示すことができるのか。人文・社会科学が厳しい環境に置かれる今、問われているのはその点ではないだろうか。