どうなる一橋 ~カリキュラムとグローバル化の行方~

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単位の実質化

改革の目玉の一つは、1単位あたりの学習時間を確保する「単位の実質化」だ。17年度以降の入学制に課される卒業要件を、現行の144単位から124単位に減らす代わりに、授業内外で1単位あたり45時間の学習時間確保を目指す。D評価の廃止を含めた成績評価基準の変更にも、より多くの学習を促す狙いがある。
MERCAS上では、授業の方法や課題、評価方法についてより明確な情報を示したシラバスを提供するほか、これまで初回ガイダンスで伝えられてきた内容を記載したファイルがダウンロードできるようになる。これらの情報を最初から明確にすることで、教員がより真面目に授業に取り組むようになると期待されている。

ただし、授業の実際の運営は各教員に委ねられるため、制度の変更で一律に学習量を増やす効果には限界があるとする見方もある。本学教員のA氏は「欧米の大学では膨大な量の研究書読解こそが単位実質化の根幹。日本で定着させるのはまだまだ困難」。別の研究科のB氏は「上からの強制より、学生から直接意見を受けるほうが、授業の質向上にはつながるだろう」と話す。

卒業単位と学部科目

本紙の取材により、卒業要件内訳の検討状況が明らかになった。各研究科長らが出席する教育委員会での議論をふまえ7月末に作成された資料などによると、商学部の学部教育科目の卒業要件は12単位減らされる見込み。一方、経済・法・社会学部では、学部科目必要単位数に大きな変更はなく、卒業要件全体に占める学部科目の割合は大きくなる。

各学部内では現在、全学で定められたルールにしたがい、学部科目の時間割作成が進められている(全学共通教育科目は大学教育研究開発センターが担当)。科目の構成や名称はおおむね踏襲され、2単位科目は週2回1学期(7週)で、4単位科目(ゼメスター科目)は週2回通期(14週)で開講される。例外として、社会学部「社会研究の世界」や、非常勤講師の担当する科目、商・法学部「導入ゼミ」など演習型2単位科目は週1回通期で開講される予定。「後期ゼミ」はこれまでどおり週1回通年開講となる。

また、社会学部に週1回1学期の「導入ゼミ」(1単位)が新設される。社会学部1年生はあらかじめ指定されたゼミを、春学期と秋学期に1単位ずつ履修し、学部教育に必要なスキルの習得を目指す。社会学部ではこのほか、これまで共通科目に分類されていた「社会学」や「哲学」などを学部導入科目に指定し、他学部生も対象とした初学者向けの科目として開講する予定。法学部では、他学部科目6単位必修化に対応して、「法学入門」「憲法」「民法」を他学部生限定の学部科目として開講することが検討されている。

学部科目の割り振りを担うC氏は「内容が関連する科目を基礎から発展へと順番通りに受講できるようにするなど、できるだけ履修しやすい時間割を考えている」と話す。各学部が作成した時間割の素案は11月半ばにまとめられ、全学での調整を経て確定される見込みだ。

共通教育

全学共通教育科目の大きな変化として、商・経済学部は「初修外国語」が選択制になり、法・社会学部は「数理情報科目」を履修する必要がなくなることや全学共通教育科目の卒業要件単位が22単位(経済学部は20単位)減少することが挙げられる。

また、共通科目の設置科目数自体も減少する見通しだ。共通科目のなかには、長年にわたって受講者が数名しかいない科目もある。B氏は、そうした科目の削減をやむなしとする一方、「共通科目の選択に自由を認めすぎている。特に語学など、強制されてでも勉強することで得られるものがあるはず」と全体的に共通教育科目を削減し、必修科目を減らす方針を批判する。A氏も「体系化された教養教育は大学において充実すべき分野だ。専門科目が重点化され、小規模教育や学部間の垣根の低さ、充実した教養教育といった一橋の良さが失われてしまうのではないか」と改革に危機感を示した。

一方で、教育の質を維持するために様々な工夫も行われている。卒業要件単位数が減少する共通科目では、各科目の受講者数も減少することが想定される。これに対して、複数の科目を再編して一つの科目としたり、教養ゼミナールや古典講読といった少人数の双方向型科目を増やしたりして、限られた選択肢の中から自由と多様性を維持し、授業の密度を高める方策が検討されている。共通科目の担当教員であるD氏は、「必修科目との重複を避けた時間割作成を含め、学生たちにとってより良い選択肢を提供できるよう最善を尽くしている」と語った。

「英語コミュニケーション・スキル」(商学部はPACEスキル科目・以下英コミュ)は現行の2単位から、全学部の学生が1年次に週2回通年で履修する8単位の科目に変更することが決まっている。基本的には4、5限に設置され、4学部混成18名前後の計60クラスを外部講師が担当する予定だ。

英コミュ以外の「外国語科目」は、商学部8単位、経済学部10単位、法・社会学部16単位が卒業要件となる。法・社会学部生はこのうち8単位を、1年次週2回通年の「クラス外国語」として履修する必要があるが、それ以外は「英語Ⅰ・Ⅱ」を含め自由に組み合わせて履修できる。全学部生が選択できる「外国語初級A」は、週1回通期での開講が予定されている。

商・経済学部は「数理情報科目」から8単位、社会学部は「運動文化科目」から2単位が必修となる。「スポーツ方法Ⅰ」は週1回1学期の1単位科目に変わる。「その他全学共通教育科目」20単位の卒業要件は廃止され、以上の分類に入らない共通科目はすべて「自由選択科目」に算入される。

留学制度

来年度から始まる4学期制。105分授業や時間割の変更に注目が集まりがちだが、4学期制を導入する最大の狙いは選択可能な留学の形態を増やして留学しやすくすることにある。具体的には、沼上幹副学長(教育・学生担当)が2年次夏学期のサマープログラム参加を挙げている。

サマープログラムとは、英語圏の大学を中心として6~8月頃に行われている短期プログラムの総称だ。語学だけでなく学術的内容を扱うものもあり、長期留学の準備として利用できる。海外で専門分野を勉強したいが金銭や時間の都合から長期留学できない人にとっても、短期間かつ長期留学より安いサマープログラムには利用価値がある。また現行の休業期間を利用した短期留学と異なり、プログラムの時期に夏季休業期間を迎える多様な文化圏の学生と交流できる 。

4学期制の導入により、本学での単位取得という点でも参加のハードルが下がった。来年度からは現行の夏学期が二分され、サマープログラムに参加しても春学期分の単位は取得できる。また現在作成されている時間割では2年次夏学期に必修科目が入らないため、必修科目の履修を考慮する必要がなくなった。

一方で課題も残る。まず気になるのは費用だ。本学からの金銭的支援に限定すると、現在、本学の留学プログラムには大学基金などから給付型の奨学金がつくが、個人で申し込む留学にはつかない。必要な場合は 日本学生支援機構や民間財団などの奨学金を利用することになっている。沼上副学長は7月末の時点で「まだ議論に至っていない」と述べていたが、「大学基金から奨学金を出すのは来年度以降も財政上難しい」と言う教員もいる。

また、サマープログラムで取得した単位が本学での単位に参入されるのかは不明だ。現在は、⼀橋⼤学海外派遣留学制度とグローバルリーダー育成海外留学制度で単位互換認定が行われ、それ以外の本学が実施するプログラムでは参加することで一定の単位を取得できる。阿部仁准教授(国際教育センター)は「もし単位互換をするのであれば現行の単位互換認定の方法を用いるのが現実的」と話す。

学生の留学を促進するのであれば再び留学必修化へと向かうのだろうか。阿部准教授は「留学は、自分らしい生き方を見つける手段の一つにすぎない」と語り、必修化を否定した。学生に選択が委ねられているからこそ、本当の意味で学生の選択肢を広げるには単位互換や資金の問題といった留学への壁を壊していかなければならない。