卒業生インタビュー企画の3人目は、ローイング(ボート)選手日本代表として、これまで東京、パリと2度のオリンピックに出場した荒川龍太選手(平29法)。本紙は荒川選手に取材を行い、大学時代や選手人生、学生へ伝えたいことについて語ってもらった。
――荒川選手は本学のボート部出身ですが、なぜボートという競技を選んだのでしょうか。
最初は僕自身、ボートとはどんな競技か全く分からない状態でした。「何を競うの?」「ヨットに乗るの?」というふうに。ですがそんな何も分からない状態からでも日本一を目指せる、強いチームだったんです。ボートは練習した分だけ成果が表れるし、遅くから始めてもトップを目指せる競技だということもあり、当時はかなり純粋だったので、日本一まで本当にあと一歩と聞いて一気に火がついてしまいましたね。
――大学時代、思い出に残っていることや熱心に取り組んだことは何ですか。
それはもちろんボートです。部の寮で暮らしていたので、朝から練習してその後大学に行き、帰ってからも練習して、疲れすぎて他のことはあまり考えられなかったかもしれないです。しかしそれだけ充実していました。
勉強の面では、3年生になると、民法を扱う小粥太郎ゼミに入ったのですが、法律の本質から学ぶことができ、アットホームな雰囲気も自分に合っていて、楽しかったのを覚えています。
――様々な進路があった中で、卒業後もローイング選手の道に進んだのはなぜですか。
大学4年生だった2016年、リオデジャネイロオリンピックのための世界最終予選に出場できることになり、挑戦したのですが、駄目でした。目の前で別の選手が代表となりとても悔しく、そこで得た経験が衝撃的でした。スポーツの世界でオリンピックを目指せるような人は本当に限られているし、自分の人生の中でも今しか挑戦できないので、オリンピック選考以後も他の進路ではなくボートを極めようと思いました。他のことは、ローイングが終わった後でもできると思っていたので。
――本学からスポーツ選手という進路は珍しいですが、将来に対する不安はありましたか。またそれにはどう立ち向かいましたか。
在学中からボートばかりやっていたので、これでいいのかという思いはずっとありました。同じ部活の同期で有名企業に就職していく人も多く、それに比べて自分は大学時代とあまり変わらない生活拠点で、同じようなことをしているのであって。焦りはもちろんありました。
ですが、自分のやりたいこと、達成したいことはやはりボート競技の中にあり、比べ出したらきりがないのでなるべく比べないようにしていました。
――入学当初はどのような将来を想像していましたか。
法学部生だったこともあり、法曹の職に就きたいと思っていました。そのため、忙しくない部活に入って勉強を中心にするつもりでした。
今はローイング選手として忙しいですが、いつかもう一度法曹を目指してみたいとも思っています。ボートと勉強を両立しながらできたらなと。
――選手人生で特に大変だったことや、今後の目標はありますか。
2016年にリオオリンピックの選考に落ちた後、どれだけ努力しても世界での順位が上がらず、結果が出ない時期が長く続き、その時期はかなり苦しかったです。
今後の大きな目標としては、まず3年後のオリンピックでのメダル獲得があります。しかしその間の目標はまだ悩んでいる状態です。当面は今年の世界大会でのメダルを目指して頑張りたいです。
また、日本のローイングはオリンピックでメダルを取ったことがまだないので、自分が培ってきたものをみんなに伝えることで、日本のローイング界に対しても、所属しているチームに対しても、競技力の向上という点で貢献したいと考えています。
――荒川選手は2020年東京、2024年パリオリンピックに出場していますが、オリンピックの舞台はどんなところでしたか。
東京オリンピックはコロナ禍での開催で、無観客での実施でしたが、パリオリンピックはそれとは180度違いました。2キロあるレースで、通常の日本での大会では最後の200メートルくらいに少し人がいるくらいなのですが、パリでは半分くらいの地点からずっと人がいるんです。特に終盤は本当にたくさんの人がいて、地響きのような歓声が続いていました。これほど大勢の人に応援されてボートを漕げることはなかなかないので、本当に最高でした。
――荒川選手にとって、ボートの魅力は何ですか。
体験してもらえればすぐに分かるのですが、ボートに座って乗ると外から見ているよりもかなり水面に近くて、とても気持ちよく、楽しいんです。また、遅く始めても上を目指せる競技だということは、やはり大きな魅力ですね。
あと、ローイングは基本ずっと同じ動きの繰り返しなんですよ。例えばランニングは、素人からするとみんな一緒の動きに見えますが、それと似ていて、初心者でもある程度同じ動きはできる。
しかしその一漕ぎ一漕ぎを極めて、究極的にはその一漕ぎで大きくダイナミックに漕げるようになることを目指しています。一人乗りのボートで速さを競うシングルスカルではボートの幅がとても狭く、オリンピック選手でもたまにバランスを崩して転覆してしまうほどなのですが、そんなボート上で最大限の動きをしたいのです。
――本学に入学してよかったことはありますか。
何より、ボートに出会えたのはこの大学だからこそだと思います。他の大学に入学していたらこうはならなかったかもしれない。一橋のコミュニティは雰囲気がよく、ボート部のように強くて強面なイメージのある部活でも、先輩後輩間の関係性は温かいし、もともと運動部に抱いていた、上下関係が厳しく泥臭いというイメージも全くない。練習はもちろん大変でしたが、きついだけではなく、楽しさ、温かさにあふれていました。
――入学したての新入生の中には、これから大学で何をすればよいか分からない人も多くいると思います。学生は何を頑張るべきでしょうか。
頑張れることがあるのならば、本当に何でもいいと思います。心の底の欲求に応えられるようなことであれば。学生ならまず勉強、バイト、資格を取るといったことが思い起こされるかもしれませんが、どんなことでもいいんです。
極端な話、ローイング選手の中にも「モテたい」からその過程としてローイングの腕を磨き、大会に出場するという人もいます。でもそういう人って強いなと思うんですよ。競技においても社会においても、自分の欲求、理想がはっきりしている人は目標を達成しやすいし、頑張れると思うんです。
――最後に人生の、そして本学の先輩として、一橋生にメッセージをお願いします。
私は刹那的にやりたいこと、できることをやってきたタイプですが、それとは反対に、将来を見据えて着実に一歩一歩準備していくことも素晴らしいことだと思います。しかし、自分が今コツコツ準備していることに少しでも迷いがあるならば、今できること、したいことを全力で頑張ってみることが大切だと思います。その中で見えてくることが必ずあるので、自分の心、体が向く方向に進んでみるのもいいのではないでしょうか。