国内大学の理工系学部を中心に、入学試験で女性だけに限定して学生を募集する、いわゆる「女子枠」の導入が始まっている。X(旧Twitter)などのSNSでも大きな波紋を呼んでいるこのテーマについて、本学において教育やジェンダーを研究している太田美幸教授(社会学研究科)と佐藤文香教授(同)の2人に取材を行った。
太田美幸教授「印象論でない議論を」
女子枠については、文部科学省が発表した「令和7年度大学入学者選抜実施要項」において、入学者の多様性を確保するための選抜方法として言及されている。具体的には、各大学が選抜方法を工夫する際に、帰国生徒や社会人などと並び、理工系分野における女子についても、多様性確保の観点から対象となる者として設定されているのだ。これについて、太田教授は様々な立場からの視点を交えた議論の重要性を指摘し 「文科省や各大学が、どのような事情から多様性を求めているのかに着目してみてはどうか」と述べた。
女子枠に対する主な反対意見として挙げられるのが、 「男子学生の入学の機会を奪っている」というものだ。実際、東京工業大の事例では女子枠の設置に伴って、男女両方が利用できる一般入試の定員が減少しており、 「男性に対する逆差別だ」「本来合格していたかもしれない男子学生が、女子枠のせいで落とされてしまう」という批判が噴出している。
これに対し、太田教授は「『本来』のありかたが公平であったとは限らない。女性の受験者の点数が不正に引き下げられていた事例もあった。性別を問わず機会と権利が保障されるべきだが、それが偏ってきた」と述べた。実際、内閣府男女共同参画局が指摘するように、現代でも「女性は理系に進むものではない」という風潮やアンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)は残存しており、女性が理工系に進むことを促すべく同局が中心となって「リコチャレ」という取り組みを行っている。
また 「女子枠を導入する背景は大学ごとに異なっているはず。各大学が公表しているアドミッション・ポリシー(入学者受け入れの方針)を理解したうえで、印象論ではない議論をする必要がある」と太田教授は語った。
本学は理工系の大学ではないものの、全学生の中で女子が占める割合は低い(23年5月時点で、学部全体で28%、経済学部で13%、ソーシャル・データサイエンス学部で15%、商学部で27%、法学部で35%、社会学部で43%)。そこで本学にも女子枠を設置すべきだろうかという質問をしたところ 「本学にも設置すべきだという意見は聞いたことがない」としたうえで「今年の社会学部の新入生は、一橋大学全学部で初めて、女子の数が男子の数を上回った。その一方で女子の比率が上がっていない学部もある。学生の立場からも、その意味や理由について考えてみるとよいのではないか」と答えた。
佐藤文香教授「『3割の壁』越えるきっかけに」
まず、理工系で学ぶ女子学生が少ないのはなぜか。理由は複雑で多岐にわたるが、その根底には文化的・社会的な要因が大きく影響していると考えられている。佐藤教授によると、歴史的に女性は男性に比べて理工系に向いていないとされてきた。だが、実際には男女間の能力差はほとんど見られず、むしろ周囲の環境や文化による違いが進路選択に影響を与えている。女性は理工系に向いていないという固定観念そのものが、女子学生の理工系の進路選択にとっての心理的障壁となりうるのである。
とりわけ日本においては、理工系分野の女性に関する取り組みが遅かったことを佐藤教授は指摘する。理工系女性の少なさが問題になり始めたのは2000年代後半からである。このため、女性のロールモデルが今なお不足しており、女子学生の進路選択にも影響を与えていると佐藤教授は言う。
現在のように理工系学部において女子率が低いままにあることは、様々な点で問題がある。佐藤教授は、男子学生だけの環境では、偏った考え方が見過ごされがちになると語った。そして、少数派の女性が、自分を異質だと感じ、のびのびと学べない恐れもあるだろう。また経済活性化という観点からも、ジェンダー格差の是正が必要とされている。佐藤教授によれば、ジェンダー格差が完全に是正されれば、日本のGDPは13パーセント改善されるという試算もあるといい、理工系学部における是正の必要性は高い。
このような状況を受け、一部の大学では女子枠の設置や家賃補助など、女子学生を支援する施策が講じられている。例えば、東京工業大では今年4月入学の学士課程入試から女子枠を導入しており、同大の学長は「女子枠は理工系分野における女性研究者・技術者の増加を目指すもので、日本の将来の科学技術の発展には女性の活躍が不可欠だと考えた」と述べている。家賃補助については、本学も来年度より「住まい支援制度」を実施すると発表している。来年度以降の学部新入生のうち、女子学生または東京圏外出身学生50名を対象に、家賃を一部補助するという制度だ。これらの施策は、ダイバーシティ推進の一環として、女子学生と地方出身者の増加に貢献することが期待されている。
このような施策を通じて理工系の女子学生が増加することは社会全体のジェンダー格差の是正にもつながるのか、佐藤教授に伺った。労働経済学の研究成果によれば、人は自分と似た者を選好する傾向があり、その結果、女性は入社面接などで不利になることがあるという。一方、男女比における「3割の壁」を突破することで、女性の発言権が向上し、ジェンダー格差が改善される可能性があると考えられている。ジェンダー平等を推進する上で、女性割合が30パーセントというラインを超えることは、組織内での意識や文化の変革の重要な指標とされ、多様な視点の包摂やリーダーシップの質の向上にもつながると言われている。女子枠の設置は、女性研究者・技術者を増やし、「3割の壁」を越えることで、女性が就職時に直面するジェンダー格差を解消する助けになるだろうと佐藤教授は語った。
以上のように、歴史的に形成されてきた理工系分野におけるジェンダー格差を改善するべく、様々な取り組みが導入され始めている。「3割の壁」の突破やロールモデルの育成といった取り組みは重要であるが、同時に、啓蒙活動を通じて社会全体の理解を深めていくことが求められている。