【国立古本屋探訪】旭通り 三日月書店

 所狭しと並べられた本を見上げる。一冊を手に取り、前の持ち主に思いを馳せると、鼻をくすぐるのは古い紙の匂い。懐かしさを誘う場所、古本屋。国立に息づく古本屋の魅力を「深読み」し、紹介する連載企画。今回は旭通りにある三日月書店にお邪魔した。

 「この店は狭いけど、広い感じがします」
 JR国立駅から旭通りを歩くこと約5分。開店してまだ3か月のその店は、すでに国立の町に溶けこんでいる。
三日月のマークがあしらわれた立て看板に誘われて入るとそこは、こぢんまりとした、しかし温かみのある店内だ。先の言葉は、店主の山崎講平さんがあるお客さんにかけられたもの。「この店を広いと感じるのは、彼が深い関心や知的好奇心を持っているからこそ」。そう思ってくれる人に応えられるようにと、店の目指す姿として大切にしている言葉だ。
 中東やアジア関連の書籍に力を入れている。アラビア語やロシア語、モンゴル語、ペルシャ語など、ほかの言語の本も充実している。一方で、門戸が狭くならないよう、一般書も幅広く取りそろえるようにしているという。


 中東やアジアに専門をしぼった背景には、山崎さんが大学時代に培った関心がある。大学1年生のときに起こった9・11同時多発テロに衝撃を受け、イスラム教に関心を持った。パキスタンやモロッコなどを旅する中で、これらイスラム圏への興味をふくらませていった。
 古本屋の世界に入ったきっかけは「本当にたまたまです」。大学卒業後、偶然求人募集を見つけた高円寺の都丸書店(閉店)で、4年間社員として働いた。本自体はよく読んでいたが、はじめは自分が古本屋を開くとは思っていなかったという。
 2012年7月に独立。長く住んでいる国立の町に、現在の屋号で事務所を構えた。はじめは店舗を持たず、目録を送付してインターネットで販売を行う仕組みだった。2021年7月、谷川書店跡地に現店舗を据えた。「西書店や銀杏書房など、外国語の本を扱う古本屋が国立にはあった。積み重なってきた歴史の上に新しく店を始めるなら、意味があると思いました」


 アラビア語の絵本や画集、写真集など、新刊書も扱っている。パレスチナやイランから買い付けたものだ。中東というと政治面が押し出されがちだが、そうしたステレオタイプにとらわれず〈今あるもの〉を置きたいのだという。「古い時代の本だけでなく、ベイルートやテヘランで出版されるデザインの優れた本など、同時代に本を作っている人がいる、それを感じてもらえるような本も置きたいと思っています」

店主・山崎さんこだわりの新刊書も並ぶ

 絵本や画集といったビジュアルものの本をそろえているのにはもう一つ理由がある。書いてある文字が読めなくても、絵を見れば内容が分かるからだ。特に絵本には思い入れがある。「絵本っておもしろくて、ずっと忘れていた本でも、開いただけで絵の〈感じ〉を思い出すことがある。読み聞かせてくれた親は覚えていないのに、自分だけが覚えているんですよね」。自身の子どもと読んだ本もほかの商品と一緒に並べている。自分が子どもの本を選ぶときに店の棚にあったらよかったと思える、自慢のラインナップだ。


 絵本に限らず、本は記憶と結びついているという。研究者などに向けた〈読むことに意味がある本〉を扱う一方で、〈ものとしての本〉も大切にしているのはそのためだ。〈ものとしての本〉の場合、その本があるということ自体に意味が生まれる。本そのものが、本にまつわる記憶と結びつくからだ。店で本を買い、読み終わった時点で、その読書経験は一つの記憶として完結する。それでも、その本を開くたびに、本と出会った店や季節、天気といった記憶がともに思い出される。山崎さんにそういった本はありますかと尋ねると、「店主である自分が印象に残った本について話すよりも、お客さんひとりひとりがそれをやってくれる方が、豊かだと思います」と笑った。
 独立当初から作り続けている紙の目録も、山崎さんが大切にしている〈ものとしての本〉の一つだ。手作りの紙の目録は、店とお客さんの橋渡しをしてくれる。紙で目録を発行する古本屋が減っているにもかかわらず、続けているわけはそこにある。紙の目録発行には手間暇も費用もかかるが、その分お客さんに店のやる気が伝わる。「ビジネス的合理性より、先にいいことがありそうな感じを大事にしています」。取材中にも、目録を頼りに来店したお客さんに励ましを受けるという一幕があった。


 そんな山崎さんには夢がある。日本で暮らすアラビア語を母語とする子どもが、この店に来て、自分の国の言葉で書かれた本を見つける、という夢だ。「どこか外国に暮らしたとして、その町の本屋に自分の国の言葉を見つけたら、自分がここにいることを肯定されているように感じる気がします。ここがそういう場所になれたらいい」。 自分がイスラム圏を旅行した際、親切にしてもらった経験が忘れられない。旅人をもてなすという当地の習慣にならいつつ、将来そのお返しをできる場を作っておきたい。「それが一番やりたいことです」と語った。