※本記事の表記に一部誤りがありました。お詫びして訂正いたします。(2021年5月21日修正)

 2021年の新任教員インタビューでは田中亜以子専任講師(社会学研究科)を取材。専門であるジェンダー研究やご自身の研究テーマについて語っていただいた。


——ジェンダー研究とはどういった学問ですか
 私たちは本来さまざまな差異をもっています。気にもとめない差異もあれば、常に意識させられる差異もあります。〈性別〉という指標によって示される差異もその1つでしょう。ジェンダー研究は、〈性別〉という指標で、人間が人間を分類することによって、いかなる社会が築かれているのか、あるいは、どのような不平等や権力関係が生じているのかを理解しようとするものです。〈性別〉という観念自体も所与のものとせず、〈性別〉なるものがどう理解され意味づけられているのかも分析対象とします。

——ジェンダー研究の面白さはどういったところにありますか
 二元的な性別観念や異性愛を中心とした性愛観念などは、生物である人間が普遍的に抱いてきたものだと思われがちです。しかし、たとえば歴史的な視点からその変遷を見てくると、それらは決して普遍的なものではないことがわかります。私たちが生物学的に決定されていると思いがちな現象が、実はそうではなく、社会的・歴史的につくられたものであり、だからこそ変えていけるのだという視点を持てることが、最大の面白さだと思っています。

——ジェンダー研究に興味をもった経緯を教えてください
 勉強に身が入らなかった学部3回生のときに、自分が日常のなかでどういうことに問題関心をもっているのかということを改めて見直す機会をもちました。そのときに、恋愛や性について抱えていた疑問を、学問の対象として分析してみたいと思ったことがきっかけです。
 子供のころから、少女漫画に出てくるような異性間の恋愛へのあこがれがあったのですが、いざ恋愛を実践しようとすると自分が「女らしさ」というジェンダー規範に縛られてしまうことに気がつき、そのような規範がなぜ存在するのか疑問に思っていたのです。
 その後、1年間カナダに留学してジェンダー論を勉強しました。自分の抱えていた疑問に適切な言葉が次々と与えられ、見える世界がクリアーになっていくのがとても楽しくて。それで、この分野の研究を続けていこうと決めました。

——具体的にどういった研究をなさっているのですか
 これまでは、主に歴史的な視点から、恋愛とジェンダーの関係について研究してきました。恋愛は「本当の自分」を解放できる特別な関係として理想化される一方、特に異性間の恋愛では性別によって一定の役割を担うことが期待されるという側面もありますよね。そんなふうに異質な価値観がひとつの観念に同居していることが奇妙に思えたのです。実際、恋愛という言葉が使われはじめた明治中ごろを起点に、恋愛とはこういうものだというイメージが固められていったプロセスを検証してみると、その謎がだんだん解けてきました。気になる方は、ぜひ拙著をお読みください(『男たち/女たちの恋愛』、勁草書房)。
 現在は、近代日本において〈性別〉という観念がいかにつくられていったのかを解明する研究に取り組んでいます。もちろん近世以前においても男/女という分類は存在していました。しかし、男女の差異をどのようなものと考えるのかは、近代に入って大きく変容していきました。たとえば、男女で心と体が入れ替わってしまうフィクションがありますが、性別を有した「心」が実体として存在するようなイメージがつくられたのは、そう昔のことではないと考えています。〈性別〉観念が歴史的にどのように変わってきたのかを考えることは、私たちがこれから〈性別〉というものをどのように理解し、位置づけていくのかを考える上でも役立つはずです。

——一橋の学生にメッセージをお願いします
 社会に対して違和感を抱くことは、学問への入り口になります。もし今、何か生きづらさを抱えている人がいれば、そこから出発して、社会のあり方を考えてみるのもよいかもしれません。同時に、自分以外の人の生きづらさ、もっと言うと自分自身が他の人の生きづらさに加担してしまっているかもしれないことにも、敏感でいることが大切だと思います。「自分が踏まれている足だけでなく、自分が踏んでいる足のことも考えなくてはならない」。これは私が昔ある先輩にもらった言葉ですが、この言葉を皆さんにも贈りたいと思います。