「院生時代にはゼミの後に先生と一緒に来たり、コーヒーを飲みながら一対一で論文指導されたりしましたね」「このアイスコーヒーは、論文がうまくかけなかったなとか、自分は何を研究しているんだろうなみたいなことを考えていたときに飲んでいました。これを飲むと当時を思い出します」。国立駅前の喫茶店・ロージナ茶房で、白瀨由美香教授(社会学研究科)は、頼んだアイスコーヒーを飲みつつこう振り返る。普段は買ってきたパンや弁当を研究室で食べることが多いが、今も初心に帰りたいときや気合を入れ直したいときに訪れるという。


 

白瀨由美香教授

 白瀬教授の主な研究関心は社会福祉。元々福祉に興味があったため、2年の浪人を経て当初入学した経済学部では現学長・蓼沼宏一教授のゼミで厚生経済学を学んだ。しかし、バイトが忙しく、勉強が不十分だったことを後悔したうえ、数学があまり得意ではなく、精緻な経済理論を勉強することへの適性のなさを感じた。さらに、就職活動を経て、様々な前提付きの抽象的な「世の中」を分析する経済学よりも、「生々しい現実社会の仕組み」を知る必要があると考えた。そのため、本学に残り社会政策を勉強することを決意。しかし、思い立ったときには院試は終了していたため、早く再入学できる学士入学で社会学部に入った。そこではアメリカの社会保障を専攻する藤田伍一教授のゼミに所属した。学士入学だった白瀨教授は他のゼミ生とは大きく年が離れていたものの、ゼミ生が仲良くしてくれたこともあって、自然になじむことができたという。

 

 白瀨教授が「研究者として生きていくうえでの原点」と語るのが、イギリス・バーミンガム大の社会政策・社会事業学部への1年間の留学経験だ。友人に付き添って交換留学の説明会に行き、自分も留学しようと考えるようになった。もともと、イギリスの福祉国家システムに興味があったことも留学を目指す動機になったという。
 現地での講義のレベルは高く、ついていけていないという感触があり、これまでにないほど勉強した。読む本の範囲も何倍かに増えた。英語がつたなく、日本語のレポートではできるテクニックが通用しなかったので、レポートは中身で勝負。「寝ている時間以外はずっとレポートのことを考えていましたね。寝ている時間も、締め切りに追われる夢を見たりしましたが」と教授は苦笑する。

取材時の白瀨教授の昼食

 とはいえ、留学時代はつらいことばかりではなく、楽しいこともあった。日本から留学してきた学部生・院生が多くおり、彼らとは一緒に食事をするなどして、年齢や専攻分野にかかわらず親睦を深めた。こうした、研究者志望の院生と間近で交流した経験が、研究者になるきっかけの一つになったという。毎日レポートに追われ、常にレポートのことを考えているようでは自分はダメなのではないか、と相談した際には「院生はそういう生活が日常よ」と言われ、そうなのかと拍子抜けすると同時に安心したという。

 

 本学大学院修了後は、厚労省の機関である国立社会保障・人口問題研究所に入り、さまざまな福祉政策の研究を行った。こうした経験から、現在ではイギリスの福祉制度の研究に加え、高齢者福祉や障害者福祉、困窮者への相談援助など、社会福祉全般を広く研究している。「社会福祉は高齢者・障害者・児童など、給付対象によって学問が体系立てられていて、ふつうは自分の関心に沿ってその対象を中心に研究を進めます。そのへんがずっと大学で研究している先生とは違うかもしれない」
 そんな白瀨教授の現在の研究関心は「共生型サービス」だ。これは、対象者別にサービスを行うのではなく、例えば高齢者の施設が障害者の人を受け入れるなど、複合的に支援を行う取り組みのことをいう。現在はまだ手探りの状態だが、過疎化が進み、従事者が足りない地域の福祉の持続可能性向上や障害を持つ人々の包摂に役立つのではないか、といった論点からの研究を検討しているという。


 

 「支援に従事する人も働き続けられるような仕組みを考えていきたい」。白瀨教授はこう語る。福祉に携わる人を現場で多く見てきた白瀬教授らしい答えだ。データだけでは見えない「生の社会」を明らかにしたい、そんな教授の姿が強く感じられた。