【ヒトツ箸】 赤嶺淳教授(社会学研究科)

 夏休みも残りわずかとなった9月上旬。「わたし、この10年間ほどお昼ご飯を食べない生活をしているんですね。まぁこれには、それなりのストーリーもあるんですけど」。事前に交わしたメールに疑問を抱きながら、取材場所へ向かった。聞けば、昔は妻に弁当を作ってもらっていたが、未病が専門の同僚教授との出会いをきっかけに健康のため1日2食の食生活を決意。「(1日2食は)合理的だと思った。授業や会議で昼間は不規則だから」

 

取材に応じる赤嶺教授

 教授の専門は食生活誌学。食にまつわる諸問題を研究している。その一つが捕鯨問題だ。商業捕鯨が一時停止となった学生時代に関心を持たなかったことへの反省が、クジラ研究を後押しした。今年の夏休みにはミンククジラの沿岸捕鯨調査のためにノルウェーへ向かうなど、精力的に研究に励む。

 そんな赤嶺教授は「1年で1・5㌔は食べる」と自負するほどのクジラ好き。赤肉ではなく内臓や皮などの白手物を味わうのが、知る人ぞ知る食べ方だという。「ホルモンのような歯ごたえがあって、茹でて酢醤油で味をつけたり、煮込んだりして食べます」と、クジラ通を垣間見せる。

 研究者としての生き方の原点は、学生時代にある。86年に青山学院大に入学した頃はちょうどバブルの真っただ中で、学生でも海外へ行きやすい時代に突入しつつあった。最初に訪れたタイで衝撃を受けて以来、東南アジア研究者の鶴見良行が訪れた場所を追うようにして、2カ月ずつ東南アジアを旅した。

 鶴見は、教授が学生時代に読んだ著書を通じて惹かれた人物だった。当時の本にしては珍しく、鶴見の本には「学生にも馴染みやすく、なるほどと思えた点があった」という。鶴見の授業を聴講したいという一心で上智大にも通った。「単位が目的ではなく、鶴見さんの授業を受けてみたかった」と当時を振り返る。気がつけば2年間も鶴見の授業に潜っていた。

 「バブルだったので就職は簡単すぎてあほらしかった」と就活はせず、大学院へ進学。そうして向かったのは、4年間を過ごすことになるフィリピンだ。当時「社会言語学的なものに関心があった」教授は、フィリピンで言語教育に関する議論が起こっていたことや「New Englishes」という概念に興味をもった。「アメリカ英語という確固たるモデルが存在する状態で英語を学習する日本とは違って、フィリピンやシンガポールでは独自の英語が定着していた点が面白いと思った」。そうして言語学の博士号を取得したが、研究対象であったバジャウ人が乾燥ナマコやフカヒレを生産していたことから、食の分野にも関心の幅が広がった。

 


 捕鯨問題から言語学まで、多岐にわたる分野に興味をもってきた教授の好奇心は今でも尽きることはない。夏休み期間中、7月末は海外短期調査の一環で学生とマレーシアを訪れ、8月初旬は北欧でミンククジラの調査に没頭、さらに8月末にはマツタケ調査のため中国へ向かった。厳しいスケジュールの合間を縫って、捕鯨に関する論文も書き上げた。「休日がない」とつぶやくのも無理はない。それでも「好きなことを研究しているから、趣味はないんです」と語る教授の表情はどこか嬉しそうだった。

 そんな中、数カ月前に新しい家族ができた。猫を飼い始めたのだ。「猫のような伴侶動物は、野生動物とどう違うのか」「猫は飼い主に飼われていて幸せなのか」といった問題にも関心を抱くようになった。このように、赤嶺教授は一貫して身近な問題を研究してきた。これまで携わってきた食の生産・消費もその一例だ。好奇心次第で何事も社会学的な問いに変容しうる。「日常的なところから学問をつくりたい」。そんな教授の思いが垣間見えた。