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【特集】20世紀美術の巨匠 ルネ・マグリット―現代における魅力

《 ゴルコンダ 》1953年 80 x 100.3cm 油彩/カンヴァス メニル・コレクション The Menil Collection, Houston © Charly Herscovici / ADAGP, Paris, 2015

 乃木坂・国立新美術館で現在「マグリット展」が開催されている。20世紀美術の巨匠と呼び声が高い画家ルネ・マグリット (1898-1967)の、東京では13年ぶりとなる本格的な回顧展。今そうした回顧展が開かれる意味とは、そして今なお愛され続けるマグリットの魅力について、国立新美術館副館長・学芸課長を務める南雄介さんに話を聞いた。

 街並みに浮かぶ無数の紳士や夜空をはばたく青空を抱いた鳥といった独特のイメージで、国内外で高い人気を誇るマグリット。その回顧展が東京で13年ぶりに開催されている。本展は日本で過去5回行われたマグリットの展覧会の中でも最大規模で、展示点数は約130点、さらに文献や写真などの資料は50点にのぼる。

 こうした本格的な回顧展が開催された背景には、ベルギー王立美術館の別館として2009年に開館したマグリット美術館の存在がある。開館を機に新たな作品や情報が集積したマグリット美術館は、現在マグリット研究の国際的な拠点として活動している。本展は、その最新研究が日本で初めて反映された回顧展だ。

◯日常に潜む神秘性

 マグリットの魅力とは一体どのようなものなのだろうか。主にシュルレアリスム(超現実主義)の画家として知られるマグリットだが、シュルレアリスムの中でも少し特殊な位置にあると南さんは言う。

 シュルレアリスムとは20世紀初頭にパリを中心として起こった芸術運動で、現実の本質を追究することを基本的な目的とした。特にパリの主流派は無意識を探求することを重視し、その探求は、夢の世界に現れるイメージや、オートマティスム(自動記述)と呼ばれる独自の手法を用いた抽象的なイメージを表現の中に利用することにつながっていった。

 ベルギーを中心に活動していたマグリットは、シュルレアリストとして現実の本質を追究する一方で、無意識の探求を中心とはせず、日常に潜む神秘性に目を向けていった。「マグリットは普通だったら並存しないものをコラージュ的に接合したりするが、描かれている一つ一つは日常にあるもの。彼は、日常的なイメージを違う文脈に置いてみたり、異質なイメージ同士を接合したりすることで、現実そのものに内在している神秘的な感覚、ある種現実の裂け目みたいなものを表現しようとした」と南さんはマグリットの独自性について評価する。

 こうした特徴が表れている作品の一つにマグリット後期の代表作《ゴルコンダ》がある。「この絵には当時のブリュッセルと思われる街並みと、マグリットの時代ではごく当たり前の紳士姿の男が描かれています。個々のモチーフはどこも変なものではありません。しかしこの男が宙にたくさん浮いているという光景は全く日常的ではないわけです。日常にあるものをモチーフとしては描きながら、非日常的な、別世界のようなイメージを作りだしている。まさにそういったところがマグリットの特徴です」と南さんは解説する。普段見慣れたものを描きながら、日常に覆い隠された神秘や非日常を表現する。これこそがマグリットの特徴であり、かつ独自性なのだ。

◯別次元への誘い

 またマグリット作品の特徴の一つにイメージと言葉の操作がある。南さんは「マグリットは作品のタイトルにとても気を使った人です」と言う。「タイトルが作品を直接描写するものであったり、ありきたりな解釈に導いてしまったりしないような、絶妙なものを選んでいます」。《ゴルコンダ》に関しても同じことが言える。「ゴルコンダは、中世にダイヤモンドの鉱山で栄えた南インドの都市の名前で、一種の幻想の東洋、あるいは富と豪奢の都といったイメージを持つ地名でした。しかしそれは絵の中のブリュッセルの街並みだとか、当時の紳士姿の男とはおよそ結びつかない言葉であるわけです。このように相容れないタイトルとイメージが結びつけられることで、この絵に対する見方や解釈が別の次元へと誘われていきます。マグリットはそれを意図したのです」と南さんは説明する。マグリットのイメージと言葉の操作は、作品とタイトルの間にだけではなく、作中に描かれた絵と文字の間にも多く見られる。

 実際に鑑賞する上で気になるのが、マグリットの作品をどう見たらよいのかということだ。シュルレアリスムやら無意識やら、どこか構えてしまうところがある。しかし南さんはマグリットの絵を「素直に楽しめばいいと思います」と言う。そして「マグリットが描くイメージはハッとするような、一度見たら忘れられないものです。そういうイメージが私たちの中に残ることで、世界を見る目が変わってくるということもあると思うのです」とマグリット作品を鑑賞する醍醐味を話す。

 日常のイメージに潜在する神秘、そしてイメージと言葉の関係性を探求したマグリットは、その後のアートやデザインに大きな影響を与えた。そしてマグリットの重要性は、死後50年近くたった今、徐々に高まってきていると南さんは指摘する。「日常生活がメディアに大きく依存し、様々なイメージが氾濫している中で、 現実との接触が希薄になってきています」。そうした現代において、マグリットはイメージと現実の関係性を探求した先駆者として、私たちにイメージとは何なのか、そして目に見えている現実だけが真実なのか、といった問題を改めて提起してくる。

 マグリットの作品が一堂に会するこの機会。マグリットが描く超現実の世界から、私たちの日常を見つめ直してみてはどうだろう。

【開催情報】
▼会期 3月25日(水)~6月29日(月)(毎週火曜日休館*ただし5月5日(火)、5月26日(火)は開館。また6月2日(火)は大学生限定の無料観覧日*要学生証)
▼会場 国立新美術館(企画展示室2E)
▼観覧料 大学生1200円・一般1600円
▼詳しくは本展ホームページ http://magritte2015.jp/