「パンは噛み応えが大事なんですよ」と言い、深澤英隆教授(社会学研究科)はお昼のパンをちぎる。フランスパンにハムとレタスを挟んだシンプルなサンドイッチは、国立駅nonowaで購入したものだ。東ドイツの食堂車のティーセットで淹れた紅茶とパンをお供に、お昼はもっぱら研究室で過ごす。「昔は外に食べに行っていたんですけど、国立マダムが苦手でね」
そんな深澤教授だが、出身大学は東京外国語大学外国語学部インド・パキスタン語学科だ。その理由は高校時代までさかのぼる。深澤教授の出身高校は都立青山高校。入学したのは、大学紛争時代の末期だった。高校にまで波及した紛争に教授も巻き込まれたが、2年生の中ごろにはあっけなく沈静化した。「挫折感と、何事もなかったように教室に戻るのは照れ臭いという気持ちがあったんですよね」
それ以降、教授の足は高校へ向かなくなった。本来乗るはずの上り電車を見送り、下りの小田急線に乗って海に行く。そこで本を読むことが日課という、高校での勉強からは縁遠い生活だった。そのため進学先は「勉強をしなくても潜り込める」外国語大学に決め、カウンターカルチャーの影響からインド思想を扱う学科を選んだ。
大学でも授業にはほとんど出席しなかった。教室の代わりに教授が通っていたのは大学内の「プライベートルーム」だ。古い木造校舎の一角にあり、出入り口は薔薇の木で覆われているその部屋を、偶然発見した。それ以降、そこでもっぱら友人たちと過ごしていたという。
学校特有の規則を窮屈に感じ、あまり授業には出席しなかった一方で、研究は好きだった。現在も取り組む「宗教」というテーマを選んだ理由は、その複雑さに惹かれたからだ。「近代とは相容れないものであると同時に、近代の基礎やオルタナティブでもある」という点に面白さを感じた。学部生時代の研究は、インドと近代ヨーロッパを宗教哲学の見地からリンクさせようとするものだ。
しかしその後、近代への興味が一層高まり、東京大学の大学院に進んでからは、研究対象を近代ドイツに移した。それからの研究は冒頭のとおりだ。「王道」と呼ばれるようなテーマとは、一線を画したものを扱い続けている。「ほかの人と同じことはしたくない」という気持ちがその原動力だ。
教授の生き方から導き出される学生へのメッセージは何だろうか。深澤教授は学生に向けて「一橋生は能力も高く社会からの期待も大きいが、可能な限り規範に縛られず、自由に生きてほしい」と話す。「関心を深掘りすると同時に社会を俯瞰して、時には常識的規範の外に立って考え、感じるようにすること」がその秘訣だ。