加藤ゼミ記事削除要求 毎日新聞社、ゼミ側に謝罪

 1月15日、毎日新聞政治プレミアにて、同紙大貫智子記者による政治コラム、「韓国文化を楽しむなら加害の歴史に向き合うべきか」が公開された。当コラムは、本学の加藤圭木ゼミの学生が出版した書籍や、それに関連したイベントについて批判したもの。加藤ゼミは、当該記事の掲載にあたって事前に直接の取材が一切なかったことなどを理由に毎日新聞社への抗議を行い、2月11日、当該記事が削除された。

 当紙では、記事削除までの経緯や本件の問題の所在について、加藤圭木准教授(本学社会学研究科)とゼミ生5名に話を伺った。また、本件について、毎日新聞社社長室広報ユニットからもコメントをいただいた。なお、大貫記者本人への取材については、依頼したものの実現しなかった。

 事の発端は、2021年7月21日に、当時のゼミ生5名が発行した書籍『「日韓」のモヤモヤと大学生のわたし』だ。本書は、加藤ゼミのテーマである近代以降の日朝関係史について、人権の観点から捉え直そうとするもので、学術的知見に基づきつつ著者たちの経験をベースとした親しみやすい文章が特徴。現在は第6刷まで増版され、話題を呼んでいる。

事の発端となった『「日韓」のモヤモヤと大学生のわたし』(提供:加藤圭木ゼミ)。2021年7月21日に発行され、現在第6刷まで増版されている。

 2022年6月頃、本書執筆には携わっていなかった3年生のゼミ生たちの間で、本書に関連したイベントの企画が持ち上がった。ゼミ生主体で企画は進み、同年11月19日、一橋祭にて「モヤモヤ本のその先へ~みんなで話し合う「日韓」のモヤモヤ~」と題する対面イベント(オンライン配信併用)を開催した。完全事前申し込み制で参加人数は限られていたが、ゼミ生、本書著者、ゲスト、読者らが参加し、盛況のまま幕を閉じたという。

 問題となったコラムが公開されたのは、今年1月15日。加藤ゼミでは、協議の上、28日には毎日新聞社のご意見・お問い合わせフォームに抗議文を提出した。2月7日、編集編成局政治部長と社長室広報担当の2名が来校。協議の末、11日には取材が不十分だったことを認めた上で当コラムが削除され、15日には同2名が再度来校してゼミ生らに直接謝罪した。なお、本件の経緯については、加藤先生の研究ブログに詳述されている。

 今回の記事の問題はどこにあったのか。加藤先生が特に指摘するのは、コラムの公開にあたり、直接の取材や事前連絡が一切なかったことだ。当コラムは、書籍及びイベントの動画配信のみを基に書かれたもので、加藤ゼミ側に反論の機会は一切与えられなかった。しかも、一橋祭でのイベントは登壇者やゼミ生の人権・プライバシーへの配慮から、完全事前申し込み制をとっていた。開催場所の詳細は参加者にしか公開せず、Youtube上での配信視聴にも氏名や住所・電話番号などの記入が必要だった。参加申し込みページにも「登壇者やゼミナール学生の人権・プライバシーの保護について、十分にご配慮ください」と明記されており、加藤先生によれば「本イベントの様子を外部へ公開することについて、通常以上に配慮が必要であることは、だれもが理解できるような状況だった」という。

 ゼミ生たちも、参加者を限定した空間での発言が突如切り取られて批判されたことに恐怖を覚えたという。本イベントの趣旨は、日朝関係史というデリケートな問題について、クローズドな場で安心して意見交換をすることにあった。しかし、今回問題となったコラムは許可なく当該イベントを取り上げただけでなく、個人が特定されかねない表現を用いるなど、イベントの趣旨を没却していると感じたという。あるゼミ生は、「個人の批判と大手メディアの批判では影響力が違う。非公開の場での発言を、反論の機会なく切り取られてしまっては、学生個人としては抵抗し難い」と、怒りをにじませた。

 最後に、今回の毎日新聞社側の対応について、どのように考えているか尋ねた。抗議活動の結果、問題のコラムは削除され、政治部長と広報担当者から当事者への直接謝罪も行われた。コラムを執筆した大貫記者についても、社内にて厳重な注意が行われ、今後も指導していく旨返答があったという。加藤先生は、「毎日新聞社として、今回のコラムに問題があったことを認めたということで、非常に踏み込んだ対応だった」と評価した。

 一方で問題点として、加藤先生は、現在まで大貫記者本人から経緯の説明や謝罪などがないことを指摘する。 また、加藤ゼミとしては経緯の説明を含めた謝罪文を毎日新聞ウェブサイトに掲載するよう要求しているが、実現されていない。ゼミ生の一人は、「本人からの説明も謝罪文もなくては、どうしてこのような記事が公開されるに至ったのか理解できない。経緯が明確にされない以上、同様のことが繰り返されるのでは」と不安を漏らした。加藤ゼミ側は、引き続き記者本人からの説明と、謝罪文の掲載を求めていく方針だ。

 毎日新聞社社長室広報ユニットは、当紙取材に対し「本件記事執筆までの経緯や記事削除の理由については、加藤圭木准教授および加藤ゼミのみなさまと面会し、ご説明したところです」とコメントした。また、加藤ゼミ側が重要視する大貫記者本人からの説明については「加藤ゼミの皆様への説明は、大貫に対する聞き取りを踏まえ、大貫や出稿を受け持ったデスクとも認識を共有したうえで社として答えたものです」との言及にとどめ、今後大貫記者がゼミ側へ直接説明をする機会を設けるかについては明言しなかった。