社学加藤ゼミが書籍出版 歴史を見つめるきっかけに

 7月21日、本学社会学部の加藤圭木ゼミの学生5人が執筆した『「日韓」のモヤモヤと大学生のわたし』が発売された。加藤ゼミは朝鮮半島の近現代史、とくに日本植民地時代の朝鮮を扱っている。文献を読み込んでディスカッションをするほか、人権やジェンダーに関する日常的な疑問について学生同士が意見交換する場にもなっているという。今回は、本書の著者である朝倉希実加さん(社4)、李相眞さん(社修1)、牛木未来さん(社修1)、沖田まいさん(社4)、熊野功英さん(社4)、および監修の加藤圭木准教授に、本書の狙いや執筆の経緯、工夫、本書に込めた願いについて聞いた。

手に取りたくなるデザインの表紙

 本書は日本と朝鮮の近現代史(以下「日韓」史)の入門書。歴史的な知識に加え、著者たちの経験や考えをエッセイ風にまとめている。内容は大きく4部に分かれる。1部では、「韓国文化が好きなだけなのに批判されることがあるのはなぜか」「日韓関係が悪化しているというが、実際何が問題とされているのか」といった韓国に興味を持った人が直面しがちな様々な疑問を共有する。2部で「日韓」史に関する主要な問題について確認した後、3部では現在の日本社会へと目を向け、4部では歴史との向き合い方についての意見を提示する。日常的に感じる疑問、歴史的な事実に関する疑問、事実を踏まえたうえで社会や歴史とどう向き合うべきかという疑問などテーマを段階別に分けることで、全体として、読者の視点に沿いながら発展していく構成になっている。

 大学生の目線から「日韓」史の入門書を作りたいという構想は以前からあったが、本格的に執筆を開始したのは昨年の8月末だ。執筆にあたり、二つの狙いがあった。一つは実証的な歴史知識を分かりやすく伝える「日韓」史の入門書とすること。もう一つは、専門の学者でなく日々様々な疑問を抱える1人の大学生として自らの体験や心の内を記すことで、読み手に自分なりに考え始めるきっかけを与えるエッセイ集とすることだ。一方的な情報伝達に終始するのでなく、ゼミの時間に行う意見交換のように、著者と読者とが対等に語り合える本を目指した。


 本書には様々な工夫がちりばめられている。本を彩る表紙には優しい雰囲気の薄緑をチョイス。イラストも流行の韓国文学などの表紙を参考にしたという。

 タイトルにもこだわりがある。単に『日韓』問題というだけでは日本と大韓民国との問題を考える人が多いが、それでは朝鮮民主主義人民共和国や在日朝鮮人への目線が欠落してしまう。そこで広く朝鮮半島全体の課題としてとらえてもらえるよう、『「日韓」』とかっこ書きにした。また、執筆のきっかけとなった「日常的な疑問」というワードをどう直感的に伝えるかについても試行錯誤を繰り返し、最終的に『モヤモヤ』という表現にたどり着いた。そして著者が1人の大学生として読者と対等に接したいという思いから『大学生のわたし』というフレーズを組み込んだ。


 監修の加藤准教授は、本書の執筆に携わった1年間を教員として実に刺激的で実りあるものであったと振り返る。本書は、ゼミ生たちが身近な疑問を共有し、議論することから生まれた。その意味で、本書は大学生だからこそ書けた作品であり、研究においてはビギナーと目されがちな大学生の可能性を感じたという。

 また、韓国文化のファンや高校生など多くの層に本書が受け入れられたことも印象的だった。詳細な史料検討を要する歴史学はどうしても一般に受け入れられにくいが、今回、本書が幅広い層からの支持を得たことで、日常に即した歴史学という新たな可能性が見えたという。

加藤ゼミの皆さん

 本書には、歴史の問題を現代につながる身近なものとしてとらえ、読者一人一人に主体的に考えてほしい、という願いが込められている。著者たち自身、友達にゼミの内容を聞かれて、朝鮮近現代史だと答えると、「重い問題を扱っている」「私だったらやろうとは思わない」といったリアクションをされた経験があるという。著者の一人である牛木さんは「様々な情報が交錯する中で、歴史は複雑で縁遠いものだととらえられてしまうのだと思います。しかし、実際は歴史と現代社会の問題は密接にかかわっているのです。」と話す。たとえば最近話題になった入管法は、実は戦後日本が在日朝鮮人を管理・統制するために作ったものだという。このように、現在につながる人権問題を軸にしてとらえ直すことで、歴史問題を身近に感じることができ、興味を持ちやすくなる。

 沖田さんは「本書を読んでも、自分自身が歴史とどう向き合うべきか、といったモヤモヤは解決しないだろうし、むしろ増えていくかもしれませんが、一人一人がそういうモヤモヤをもって考え続けるということがとても重要だと思います。」と語る。まずは歴史の問題に興味を持ち、自らの疑問を深めていくきっかけにしてほしい。本書にはそんな願いが込められている。