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【特集】ハラスメント問題

 「今もこの件が続いているとは思わなかったし、こんな大ごとになると予想もしていなかった」とある学部生は言った。本学の英語教員、ジョン・マンキューソ准教授(森有礼高等教育国際流動化機構全学共通教育センター)からハラスメントを受けたとして、特定非営利活動法人・反レイシズム情報センター(ARIC)代表の梁英聖さん(言社博3)が、ハラスメント対策委員会(対策委)に訴えたのは2017年2月。今や梁さんが人権救済要請を出したことにより、国立市まで巻き込む問題となっている。


 事の発端は、2016年12月14日に開催されたARICの公開研究会「世界で台頭するポピュリズム/排外主義と日本」。梁さんは准教授が研究会に乱入し、妨害行為を行ったと主張する。准教授は会場から退出後も在日コリアンである梁さんに対し、パスポートや在留カード所持の有無を問いただしたという。それを受けて、16年12月20日5限目終了時に梁さんは同行者1人と共に、准教授が授業を行っていた教室に赴き謝罪を求めた。しかし、そこでの対応が誠実でなかったと感じた梁さんは14日と20日の准教授の行為について、処分などの具体的な対応を求める措置の申し立てを対策委に対して行った。

 准教授はこうした梁さんの主張に対し、研究会へ赴いた理由は、研究会のチラシ等について助言するためだったと反論する。准教授によれば、チラシについて話しかけた瞬間、5人の学生に取り囲まれ会場から退出させられたという。その後、パスポートや在留カードの所持の有無を聞いたが、それは在日コリアンをめぐる問題を投げかけるためだったと述べる。

 この件に関して2017年5月にハラスメント調査委員会(調査委)は14日と20日に両者の「接触があり、口論があったこと」のみを事実と判定。その調査を基に対策委は「申し立て内容は措置を要する事案とは認定できない」と17年6月に判断した。梁さんによれば、調査の際に梁さんの用意した証人へのヒアリングは行われなかったという。

 17年8月には准教授が12月20日の件に対する完全な調査を要求し、対策委に申し立てを行った。准教授は20日の30分ほどの口論の中で、梁さんとその同行者から体を押され、2人から罵倒されたと主張。その場を目撃した学生の一人は本紙の取材に対し「教室に入ってきた学生のうちの1人が、先生の肩を一度だけドンと押したと記憶している」と話した。通訳として梁さんの同行者が間に立っていたが、目撃学生によると「先生の発言が、よりひどい意図に聞こえるような通訳をしていた」という。

 2018年6月に調査委は「肩を押すなどした行為」などを事実と認定し「学生の教員に対する態度としては不適切」と判断。しかしハラスメントには当たらないとした。

 対策委の17年の判断について梁さんは「たとえ在日の問題を話したかったのだとしても、初対面の在日に公衆の面前でパスポート所持の有無を聞くことはハラスメントだと思う。そもそも対策委は教員と学生という権力関係を無視している」と反論。一連の件に関して梁さんは「准教授をクビにできない大学のガバナンスが、問題の本質だ」と話し、准教授は「対策委はハラスメントを認定しなかった。それにも関わらず、自分の行為が『ハラスメントに当たる』と攻撃され続けるのはおかしい」と話した。

音声データ、両者の主張食い違う
 現在問題となっているのが2019年8月にARICのFacebook上などで公開された音声データだ。19年5月7日と6月4日に准教授が言ったとされる、差別的な発言が録音されている。データは授業を録音した第三者から、提供を受けたものだと梁さんは主張。それを基に梁さんは大学に対して、准教授の解雇、第三者委員会を立ち上げて再発防止策を講じること、執行部と話し合う機会をつくることを要求した。また8月1日には国立市に対して人権救済を要請した。

 9月には音声データの調査を始めると対策委が両者に通知。准教授は、公開された音声データは授業開始前の私的な会話が録音されたものだと反発する。梁さんが録音しているかもしれないという疑惑を確かめるために、あえて挑発的な発言をしたという。それ以前から教室に隠された持ち主不明のボイスレコーダーが3回見つかっていた。この件について、当該授業を履修していた6人の学生全員が「授業内でそのような発言はなかった」という旨の証言を、准教授の依頼により作成している。

 問題について梁さんは「たとえ准教授の言う通り私的な会話であったとしても、大学の教室という公的空間で許される発言ではない」と話した。その一方で准教授は「録音の恐怖から授業の履修をあきらめた学生もいる。教室は安全な場ではなくなった」と話した。

不透明な大学の対応
 両者に共通しているのは大学組織への不信感だ。梁さんは「対策委の結果に不服を申し立てたが断られた」と話す。また准教授も「ボイスレコーダーについての調査要請を大学が拒否したため、警察に調査を要請したこともある」と話す。

 さらに不信感をあおるのが、インターネット上に公開された音声データをめぐる大学の対応だ。対策委は基本的に、申し立てを受けた際に立ち上がる。本件に関してツイッターなどで意見を発信している隅田聡一郎特任講師(社会学研究科)によれば、両者から訴えがない状況で対策委が成立した今回は異例だという。隅田特任講師はこれについて「『差別発言に対してようやく一橋も対応に動いた』という見方と『梁さんが音声データを公開したことを問題視するつもりだ』という2通りの解釈ができる」と分析する。

 一方で対応について両者の主張が異なる部分もある。申し立ての開示要求がその一つだ。対策委が申立人の申し立てを受理した場合、被申立人には申し立て内容の詳細や申立人の名前は通知されない。そのため准教授は17年2月の申し立てについて、弁護士と共に開示請求を行い、申立人の氏名と梁さんが対策委に提出した書類の一部を入手した。対策委が「申立人の氏名の開示について、申立人の了承が得られた」と准教授に通達していた一方で、自分に対して開示の許可を求める連絡はなかったと梁さんは主張する。また17年8月の准教授からの申し立てについて梁さんは「開示要求の制度はなかったと思う。どういう事情で自分が訴えられたかわからないという不利な状況の中で調査が行われた」と話した。

 以上のような大学の不透明な対応に対して隅田特任講師は「おとがめなしにするにしろ、処分を下すにしろ、それに至った経緯がわからない。対策委から双方が納得できる結論を得ることはできないだろう」と話した。

「大学の問題」、一方で……
 梁さんが市へ要請した根拠となったのが19年4月に施行された「国立市人権を尊重し多様性を認め合う平和なまちづくり基本条例」だ。市が不当な差別の解消をはじめとする人権救済のために必要な措置を講ずることなどを定めている。しかし被害者救済の制度が整備されるのはこれからだ。

 19年8月1日に梁さんは人権救済を求め、永見理夫市長に要請書を提出。26日に梁さんは市長と面会し、音声データを提出した。9月13日にはそれに関して「問題の全体像を把握した上ではないが、あくまで個人の感想として当該部分を差別的に感じた」という旨の市長声明を発表。市長は本紙の取材に対し「録音を聞く限りその部分は差別的だと思うが、その場の状況がわからない」と回答した。

 10月1日には上村和子国立市議会議員が、准教授のハラスメントを受けたという大学院生に対する聞き取り調査の場を設けた。副市長や人権担当部長らも同席していたという。

 制度の検討段階において、行われた今回の救済の要望。市長判断で対応せざるを得ないが、市長は「大学自治などとの兼ね合いがある。恣意的な権力介入は避けたい」と慎重姿勢を崩さない。今後は条例の主旨を大学と共有する方法を考えていきたいとのこという。

 梁さんが市へ要請する手助けをしたという上村市議も「一義的には大学内で解決されるべき問題だ」と話す。しかしその上で「今回の件では学生の側に大学が立っていない」と批判。対策委に副学長が入っているため、准教授に肩入れしてしまうのではないかという懸念を表す。今後は「梁さんの思いを行政につなぐ。個の案件に市が対応することは難しいが、教員のハラスメントという普遍的な問題にまで昇華して解決を目指したい」と話した。


取材を終えて
 取材を通して感じるのは、大学の対応の不透明さだ。意思決定方法など、取材を重ねても見えてこないことが多い。問題が市にまで届き、さまざまなメディアからの注目も集める今、こうした対応は学生・教職員の不安や疑念をあおるだけだろう。当事者に対して誠実な対応をし、問題対処能力を示すべきだ。もちろん、差別は許さないという姿勢はその大前提となるだろう。