7月20日に投開票された第27回参議院議員選挙において、与党は過半数を取るために必要となる50議席を獲得できず、衆議院に続き参議院でも過半数割れとなった。度重なる選挙での敗北を受け、自民党内では石破茂首相への責任論が噴出し、退陣へと追い込まれた。その一方で、昨年の衆院選で「103万円の壁」の見直しなど現役世代向けの政策を掲げ躍進した国民民主党や、「日本人ファースト」を訴え、SNS戦略で注目を浴びた参政党が大きく議席を増やす結果となった。
こうした政治情勢の激変を受け、本紙は政治学を専門とする小椋郁馬専任講師(社会学研究科)と本学のサークルである「一橋地歴同好会アインズ」、「くにたち時事研究会」に協力を依頼し、今回の参院選やこれからの政権に関するアンケートを実施した。
参院選で重要だと思った争点(複数回答可)として、最も回答が多かったのは「経済・物価高対策」(73%)であった。「物価高騰がさまざまな面において人々の余裕を奪っている」などの理由が挙げられた。
次点は「財政政策」(45%)だった。「経済・物価高対策」と合わせて答える人も多く、「まず自国の経済を立て直すこと、そして物価(上昇)を上回る賃金(上昇が重要)」といった意見がみられた。「排外的な動きや政府への不信といった問題は、日本全体が経済的に苦しさを感じているところから生じているのでは」と考える人もいた。
その後は「少子化対策・教育政策」(41%)、「外交政策」(32%)、「安全保障政策」(27%)と、従来から争点とされているテーマが続いた。
「日本人ファースト」を掲げる参政党によって争点として急浮上した「外国人問題」は、23%で全体6位にとどまった。「今までになく在留外国人への風当たりが強くなっていく様子がみられた」との声があった他、こうした状況によって「(差別に)断固として反対する党にしか票を入れられない、という形で対応せざるを得なくなってしまった」という人もいた。
参院選で与党が大敗した要因(複数回答可)を尋ねたところ、最多は「自民党政治への不信感」(64%)だった。いわゆる裏金問題や政治家の相次ぐ失言などが不信の原因として挙げられた。
これに対し「石破首相への不信感」は36%で、「既存政党・政治そのものへの不信感」(45%)や「保守系政党の対抗馬出現」(41%)よりも少なかった。首相個人よりも自民党全体への不信が、与党大敗を招いたと考える人が多かったもようだ。ただし、米の価格高騰をめぐる石破政権の対応を批判する声もあった。
結果的に首相は、参院選などの選挙結果に対する責任を取り、9月7日に退陣を表明した。アンケートはそれ以前に実施したため、石破氏続投の選択肢も用意した上で、参院選後の首相が誰になるかを予想してもらった。
その結果、「石破首相は退陣せず続投」(55%)が半数を超え、総裁選の有力候補とされる高市早苗氏(18%)や小泉進次郎氏(5%)は少数だった。首相の歴史認識を評価する声もあったが、「他の適任な候補がいない」といった消極的理由が目立った。
自民党の政治家を除くと、国民民主党の玉木雄一郎代表(14%)がトップとなった。「玉木代表を担ぎ上げる形で自民と国民民主が連立を組むのではないか」などの意見がみられた。
なおアンケートに回答した人のうち、今回の参院選で投票を行ったのは91%。うち期日前投票を行ったのは25%、不在者投票を行ったのは20%だった。政治的関心が比較的高い層が多く回答していることには留意する必要がある。また本アンケートは、統計学的手法を用いた「世論調査」とは異なる。
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また、今回実施したアンケートや参院選の結果をもとに、小椋先生と対談を行った。小椋先生は昨年度から本学で「政治学」などの授業を担当しており、有権者の投票行動の分析を専門としている。
――アンケートでは、期日前投票をした人が全体の23%を占めていました。総務省の発表(選挙区、速報値)でも、全国の有権者のうち期日前投票を行った人の割合が25%を上回り、国政選挙において過去最多だったようです。
期日前投票をしやすい環境になっていることが要因かもしれません。日本では、期日前投票ができる投票所が増加している傾向にあります。そのことが、期日前投票の割合を高めた可能性があります。
――今回の参院選について考えるにあたって重要視したポイントとしては、「経済・物価高対策」と「財政政策」がツートップでした。一方で、国民の間で注目を集めた「外国人問題」は回答数が比較的少なくなりました。
「経済・物価高対策」と「財政政策」がツートップになるのは、今回の参院選に限らず選挙の争点としては自然な結果だと思います。また、今回の参院選で排外的な主張を掲げる参政党が躍進した中で、「外国人問題」を争点だと考えていない人がどの政党を支持し、どの候補者に投票したのかというのも気になるポイントだと思いましたね。
――私たちのような学生層の支持政党について気になります。
やはり、10代と20代では国民民主党と参政党が伸びてきている傾向にあります。特に国民民主党は、自民党と同じレベルの支持率を得ているというデータもあります。
――その2党が支持を集めているのは、やはり減税政策への期待によるものでしょうか。
国民民主党は、「103万円の壁」見直しや「手取りを増やす」という強いスローガンで支持を集めました。参政党が支持を集めた要因についてはまだ調査の途上ですが、国民民主党と似た政党というイメージを抱かれていると思われます。今回の参院選で参政党に投票した人の中には、前回の衆院選で国民民主党、あるいは自民党に投票していた人が多くいるという分析もあります。
――ところで、立憲民主党についても気になりました。前回の衆院選では、自民党が勢いを落とした一方で立憲民主党が多くの議席を獲得しました。しかし、今回の参院選では、立憲民主党の議席は伸びていません。このことについてはどう思われますか。
前回の衆院選では、自民党が支持を落とした分の票を立憲民主党が奪うことができました。ただ、参院選ではライバルが増えて、反自民票が分散したと考えられます。
さらに、衆院選と参院選の選挙制度の違いも大きく関わってくると思います。衆院選では、1つの選挙区から1人の候補者が当選するので、野党間で候補者の調整が行われることが多いです。その結果、多くの選挙区では自民党と立憲民主党の一騎打ちとなり、立憲民主党が議席を伸ばしました。一方、参院選では1人区を除いて1つの選挙区から複数の候補者が立候補・当選するので、野党同士で奪い合いを起こしてしまいます。そうした選挙制度の違いが要因なのではないかと思われます。
また、国民民主党は衆院選後の首相指名選挙でキャスチングボートを握るなど存在感を強めた一方で、立憲民主党は衆院選後に存在感を示せなかったというのも大きいと思います。
――なるほど、衆院選と参院選の違いが選挙結果に表れているのですね。ただ、立憲民主党がリベラルな政党であるのに対し、参政党は保守的な政党です。両者とも反自民票の受け皿ではありますが、支持層が違うのでパイの奪い合いにはならないのではないかと思いました。
実は、有権者はそこまで党派性にこだわって投票していないのではないかと考えています。選挙において大きな影響力を持つのは、無党派層の浮動票です。
――今回の参院選というのは、やはり政治学的にも意義深い選挙だったのでしょうか。
今までの参院選は、首相を直接決めることにはならないので衆院選と比べると注目度が低い傾向にありました。ですが、今回の参院選は研究者間でも注目が集まっていると感じます。その要因はやはり参政党の躍進でしょう。今後さらなる分析結果が出てくることに期待したいですね。
――政治学の世界でも大きな話題になっているのですね。参政党とも関連するのですが、昨年の衆院選以来、SNSが選挙結果に及ぼす影響が大きくなっているという印象があります。SNSと政治の関係について調べた研究などはあるのでしょうか。
一口にSNSといっても、TikTokやX、YouTubeなどのプラットフォームによって利用している年齢層が全く違ってくるんですよね。だからこそどの政党がどのプラットフォームに力を入れているのかというのも違ってくるので、SNSと政治の関係は複雑なんです。現在、さまざまな傾向に着目した分析が進められています。
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今回の参院選の結果は石破政権だけでなく、自民党にも大きな混乱をもたらした一方で、新興政党の台頭も明確にした。多極化と混迷を極める政治情勢は、今後も目が離せないものになっていくだろう。